【トークセッション】東京応化工業が挑む社会的価値創造
柏倉翔人氏(東京応化工業広報CSR部広報課長)
聞き手:古川輝之(コモンズ投信運用部アナリスト)
「深化」に込めた想い
古川 毎年、御社の統合レポートを拝読しておりまして、まず気になったのが表紙に書かれているキャッチフレーズの変遷に関することです。2023年版は「0.000000001mから、未来は深化する」ですが、2021年版は「0.000000001mから、世界は深化する」、そして2022年版は「0.000000001mから、技術は深化する」でした。この変遷の意味について教えて下さい。
柏倉 表紙のキャッチフレーズは企業広告にも用いているもので、内容は3年に1度、中期経営計画を策定する時に見直しています。
当社は2020年に創立80周年を迎えました。その際に「深化」というキーワードをコンセプトにしたのですが、このキーワードには、技術を一段と深掘りして、新しいものを作っていこうという想いが込められています。
あと10億分の1(0.000000001m)については、私たちの仕事が微細加工技術に関連するものであることを示しています。2023年版の「0.000000001mから、未来は深化する」は、微細加工技術が未来を切り開くという想いを込めました。
古川 2023年版を制作するに際して、一番意識したことは何ですか。
柏倉 当社が製造している「フォトレジスト」は一般的に馴染みのない製品なので、まずはそれがどういうものであるかを図解で説明しました。レポートの4ページ目と5ページ目がそれに該当します。
見開きページで、電子デバイスに組み込まれている半導体の、どこに当社が関わっているのかを説明するのと共に、私たちの仕事がどのような社会的インパクトをもたらすのかを定量化、さらに2022年版を制作した時、投資家から「もう少し人的資本について一歩、踏み込んだ内容が欲しい」というリクエストを受けていたので、そこにもページを割きました。
古川 「マテリアリティ鼎談」というコーナーが設けられていて、御社の鮫澤素子執行役員人財本部長と、大森克実執行役員開発本部副部長、そして大和アセットマネジメント株式会社の渡邉勇仁アクティブ運用第二部チーフ・アナリストとの鼎談ページが6ページにわたって展開されています。なかなかチャレンジングな内容だなとお見受けしました。
柏倉 そうですね。それに加えて人的資本だけでなく、2023年版では知的資本にも言及した点が、私たちにとってはチャレンジングな取り組みでした。
「トレードオン」を社員のDNAに刻み込む
古川 人的資本、知的資本については10ページから13ページあたりにまとめられていますが、気になったのが「トレードオン」というワードです。
柏倉 一般的には「トレードオフ」ですからね。トレードオフは、Aを追及するならBはある程度、諦めなければならないといった意味ですが、トレードオンはその両立を目指す概念です。
たとえば製品の感度、微細化、精度を徹底的に追及して高位安定品質を実現しようとすると、必ず犠牲にしなければならないものも生じてきます。まさにトレードオフなのですが、私どもは技術の会社ですから、犠牲になるものを出さない状態で、高位安定品質を維持しようと日々、チャレンジしています。まさに、究極の刷り合わせと言っても良いかも知れません。
特にこの10年、半導体の世界では毎年のように微細化が進んできました。当然、そうなるとお客様からの要望も厳しくなりますし、競争も激化していきます。こうした技術の深化と進化にどこまで対応できるのか、競争の激化にどこまで耐えられるのか、その両方の課題を解決しながら、競争環境に勝っていかなければなりません。
トレードオンは2023年版の統合レポートで初めて使ったのですが、これを当社のDNAとして、社員全員に刻み込んでいきたいと考えています。
古川 トレードオンがどこまで達成できたのかを把握するための尺度は何ですか。
柏倉 私たちがお客様に提供しているのは技術製品ですから、トレードオンが積み上げられれば、製品の採用に結びつきます。つまりどれだけ当社製品がお客様の手元に届くかというのが、トレードオンの尺度、評価軸であると考えます。
人財への投資を積極化
古川 「TOK Vision2030」という中期経営計画では、2030年までに売上高3500億円の目標を掲げています。一方、2023年12月期の売上高は1622億円です。それを達成するうえで何が必要ですか。
柏倉 単純計算でも売上高がざっと2.2倍ですから、当然のことながら生産量をかなり増やす必要があります。しかも量を増やすだけでなく、クオリティも追及していくためには、人財が極めて重要になってきます。私たちは「人財活用方針」を掲げていて、それは人財こそが価値創造の原点であることを明示しています。2024年3月には「人財本部」も新設しました。理念と組織を固めるのと同時に、人的資本投資の観点から社員教育に力を入れています。加えてDXによる効率化と生産性向上も重視していますが、それを推進するためにはDXに長けた人財が必要ですし、そうしたDX人財を育成するための教育も、しっかり進めてまいります。
古川 御社の場合、本社が神奈川県の川崎市です。人財採用の面では東京都の方が、人口が多い分だけ有利ではないかとも思うのですが、地理的な有利、不利を実感することはありますか。
柏倉 少子高齢化にともなう人口減少が進んでいますし、特にこれからは若年層の人口減少が、人財確保に大きな影響を及ぼすでしょう。当社製品であるフォトレジストは非常にニッチな分野ですし、BtoBなのでBtoCほど一般消費者の知名度もありません。そのなかで、どうすれば当社のビジネスに興味を持っていただけるのかを常に考え、当社の良さを地道にアピールしていくより他に方法はないと思います。
非財務投資を積極的に行い成長を持続させる
古川 統合レポート12ページにある知的資本についても、伺いたいと思います。KPIとして生存特許数を掲げていらっしゃいます。
とはいえ、特許を取るのは決して簡単なことではなく、特許数を積み上げていくためには、社員ひとりひとりのモチベーションも重要になると思います。そこの工夫はどうされていますか。
柏倉 特許件数は、企業の技術力や革新性を示し、かつ他社との差別化を図るための重要指標であると理解しています。
また特許を取得してしまえば、他社は真似できなくなりますから、戦略的に独占力の強い製品ポートフォリオを構築するきっかけにもなります。
社員が開発し続けるモチベーションは、当社の経営理念でもある「自由闊達」が重要な意味を持ってきます。経営トップが開発を押し付けるのではなく、あくまでも従業員からのボトムアップで、新規開発を継続していく企業文化を持っているのです。
その企業文化を維持していくためには、社員一人一人が自分のやるべきことを腹落ちさせ、自分で考えて行動する自走式の組織づくりが不可欠になります。
古川 知的財産のもうひとつのKPIに「研究開発効率」というのがあります。これは何を見るためのものですか。その計算は「直近5年間の営業利益」を「その前の5年間の研究開発費」で割って求めることになっていますが、5年という時間軸が持つ意味は何ですか。
柏倉 私たちは事業会社ですので、研究開発に投資して、製品化されたものを販売して売上を立てるわけですが、10年で回収するのでは遅すぎますし、5年が妥当だろうという判断に基づいて出している数字です。技術開発のスピードが速くなったら、3年で計算することもありえると考えています。
古川 2040年には100周年を迎えます。それを目指して、どういう会社にしていきたいと考えていますか。
柏倉 現時点では2030年の中期経営計画の目標値を達成することが最優先課題ですが、それに止まることなく、2040年の創立100周年、そして2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、非財務投資をしっかり行いながら、成長を続けていきたいと考えています。
古川 ありがとうございました。
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