変化の速さに対応するべくワンカンパニーの実現を目指す|堀場製作所との対話

「コモンズ30ファンド」が立ち上がった直後から投資をし、今も保有し続けている企業のひとつが、株式会社堀場製作所です。自動車の排気ガスを測定する装置を製造している会社であり、このエンジン排ガス測定装置は世界的にもトップシェアを持つことで知られていますが、今後、自動車の電動化が進むなかで、企業の存在価値をどこに求めていくのでしょうか。代表取締役社長の足立正之氏にお話を伺いました。

 

 

科学技術への憧れから工学博士に

伊井  足立社長に初めてお会いしたのは、確か開発本部長として米国勤務から戻られて、しばらくしてからだと記憶しているのですが、そもそも足立社長が堀場製作所に入社したきっかけは何だったのですか。

堀場製作所足立社長

足立  もともとは大学で物理を専攻していまして、光学の勉強をしていました。就職の時期になって、近所に光の技術をビジネスにしている会社があるという話を聞いて、訪問したのが堀場製作所でした。面接を受け、内定をいただいたので、他の会社は一切受けずに、そのまま堀場製作所に入社することにしました。
あとはエンジンに対する興味ですね。もともと高校生の頃からバイクや自動車が好きで、エンジンにはまったのです。ちょうどスーパーカー世代でもありますね。ですから、エンジンの排気ガスを測定する装置を製作しているという点に、非常に興味を惹かれました。
1980年代後半から2000年代というのは、日本において新しいエンジンの技術が次々に生まれた時代でもあります。リーンバーンや直噴、ディーゼルでもコモンレール式といった技術が次々に登場し、堀場製作所としても、このような新しい技術に対応する排気ガスの計測機を開発していきました。
自動車の技術進歩に伴って、陰ながら自分たちの開発した技術が役に立っていることを実感できた時代です。
堀場製作所はこのような研究開発をグローバルに展開しており、その開発システム全体を統括する役割、さらにはビジネス全般の統括を担当しました。その後、弊社がセグメント制を取ったところから自動車セグメントのグローバルセグメントリーダーを拝命して、グローバルマネジメントを経験し、2007年から4年間、米国法人の社長として米国に赴任。帰国して開発本部長になり、2018年から社長、という経歴です。

伊井  理系で学ぶ方は、恐らく子供の頃から「技術」や「モノづくり」への関心が、他の子供に比べて強かったのではないかと拝察しますが、足立社長はどうだったのですか。

足立  私が子供だった頃は、日本が高度経済成長の真最中でした。その頃、テレビでは「鉄腕アトム」や「スーパージェッター」といったSFアニメが人気で、そこには科学技術の美しさが真面目に表現されていました。そのような文化に囲まれていたこともあったのでしょうね。技術に対する興味が、子供の頃から強かったと思います。だから、自転車を買ってもらえばすぐにどこかをいじったりもしましたし、バイクの免許を取った時は、自分に羽が生えてどこにでも自由に行けるような気持ちになりました。

伊井  私は高校3年まで理系専攻だったのに、途中から文系に専攻を変えて大学を受けるという挫折組でしたが、確かに当時の自分と同世代の子供たちは、技術に対する関心が高かったように思います。
実際、私が御社を訪問するようになって15年が経過したのですが、当時から研究開発型企業の雰囲気が非常に強く感じられました。足立社長ご自身は、エンジニアとしてどのような気概、誇りのようなものを持っていらっしゃいますか。

足立  正直なところを申しますと、エンジニアたるものとか、科学者たるものといった意識はほとんどなく、その意味では典型的なタイプではないのでしょうね。
ただ、日本で「工学博士 代表取締役社長」と書かれた私の名刺を差し出すと、ちょっと不思議な顔をされることがあります。「工学博士が経営者?」ということなのでしょうが、この誤解というか、認識のズレのようなものは何とかしたいなと思います。
というのも、欧米をはじめとして海外ではPhD(博士号)を持っている経営者は当たり前で、その方がむしろ安心されます。それは研究開発の最前線を理解できる経営者と認識されているからです。そこは時間がかかるとは思いますが、変えていきたいところです。

 

変えるべきことと変えないこと

伊井  これから堀場製作所の企業価値を、どのようにしていこうと考えていらっしゃいますか。ご自身が社長に就任されて、堀場製作所のここは変えたいから変えてきた、あるいは変えるべきではないから変えないというところがあれば、教えて下さい。

足立  まず、変えてはいけないのはチャレンジ精神です。ヒット製品をつくるに際して、マーケティング手法なども大事ではあるのですが、堀場製作所の歴史を振り返ると、チャレンジを続けるなかでヒット製品が生まれるケースが多いのです。ここは何があっても変えてはいけないところと考えています。
次に変えるべきところですが、堀場製作所は「エネルギー・環境」、「バイオ・ヘルスケア」、「先端材料・半導体」という3つのフィールドにおけるクロスセグメントをテーマにしているのですが、これは今までのセグメント制から変えたというよりも、昔に戻したという方が正解だと思います。
私が入社した当時、弊社の規模は今の10分の1以下でした。結果、セグメントを分ける必要は全く無くて、営業や研究開発など部署は違っても、横同士のつながりが結構あったのですね。会社の規模が大きくなっていくなかで、現業部門を5つのセグメントに分けました。「自動車セグメント」、「環境・プロセスセグメント」、「医用セグメント」、「半導体セグメント」、「科学セグメント」がそれで、これは市場志向というか、お客様志向という点では正しい方法でしたし、売上高や利益も大きく成長しました。
ただ、残念ながら副作用が出てきたのも事実です。何かというと、横の連携が取りにくくなったのです。会社の規模も大きくなり、グローバル化が進むなかで物理的にも、他の部署との距離が大きく離れてしまいました。結果、縦割りとなり、隣が何をしているのかが見えなくなってしまったのです。
昔は、それこそ1フロアーにあらゆる部署が集まっているような会社でした。その時あった可能性をこれから再び追求していきたいと思いますし、ここはこれから大きく変えていく必要があると認識しています。
振り返ると、会社の現業部門を5つのセグメントに分けたのが1990年代後半から2000年代にかけての話でしたが、2010年代後半あたりから社会が圧倒的なスピードで変化するようになりました。このまま何も見直さずにいると、どんどん時代から取り残されてしまいます。そのような危機感もあり、これからはセグメントを超えて、本当の意味でのワンカンパニーにすることにより、新しい事業の発芽を促していきたいと考えています。

伊井  具体的にどのような取り組みを考えていらっしゃるのですか。また、それはすでに着手されていて、効果のようなものは見えてきたのでしょうか。

足立  一番の例は水素です。これまで水素関連の研究開発は「環境・プロセスセグメント」が中心でしたが、水素自動車の存在を考えると、「自動車セグメント」にもあてはまる。分ける意味がどこにあるのか、という話になります。両者は融合させた方が確実に良いアイデアが出てくるはずです。世の中の変化に応じて、セグメント間の壁を取り払っていかなければならないことも、これからは増えていくでしょう。

 

自分たちの得意分野から半歩踏みだす勇気

末山  これまでの内燃機関から電動化、あるいは水素化の動きが本格化していくなかで、自動車セグメントの内容も変化を余儀なくされると思います。御社の競争力という観点で、これから有望視されるのはどの分野ですか。

足立  水素に関しては、欧州なかでもフランスでの引き合いが非常にあります。原子力発電と水素の組み合わせは非常に相性が良く、特にフランスにおいては、水の電気分解による水素発生製造装置を大量生産化する動きがあります。その水電解装置に使われるセルやスタックの評価技術を私たちは持っているので、これがこれから大きな波になることを期待しています。
堀場製作所というと、排気ガスを測定する装置を製造している会社というイメージが強いと思うのですが、実は排気計測の部分はエンジン排ガスビジネスの20%もありません。エンジンを回す際にどうすれば効率よく動かすことができるか、効率化によるCO2の削減、ひいては大気汚染の軽減につながるのかをエンジンにプログラムするためのガス計測が中心です。つまりプロセスコントロールです。
プロセスコントロールのためのプログラムを考えるのが、私たちの仕事であり、これはガソリンが水素に変わろうとも、あるいは電池に変わろうとも、本来は需要が大きく変わることはありません。しかも、その需要を持っているお客様とのネットワークも構築しています。今の内燃機関で動く自動車が、将来的に電気自動車や燃料電池車に置き換わったとしても、根っこの部分の技術は変わりませんし、計測の需要も大きく変わることはない、と考えています。

末山  御社はグローバルで高いシェアを持つ製品をいくつも持っていますし、現在進行形で開発中のものもあると思うのですが、このように高い競争力を有した製品を作るうえで必要なことは何でしょうか。

足立  端的に申し上げると、「強いところを伸ばす」ことだと考えています。私たちは非常に複雑なコア技術を持っています。それはたとえば検出器であったり、光の光源であったり、数々の電気化学的なセンサーだったりするのですが、これらのコア技術について、他に追随するところはほとんど出てきません。一朝一夕に真似できるものではないのです
あとは、その技術をベースにお客様のアプリケーションに対してどうカスタマイズさせていくのか。それを実行するために、とことんまでお客様についていくという我々のスタイルが、競争力の源泉になると考えています。たとえば、排ガス測定装置やマスフローコントローラーを製造している会社は、それこそ世の中に星の数ほどもあるのですが、それでもなぜ堀場製作所のエンジン排ガス測定装置は自動車業界で80%ものシェアを取れるのか、マスフローコントローラーはグローバルでトップのシェアを取れるのか。ここには確かに理由があって、それはお客様に満足していただけるところまで、我々が付いていき、我々にしか出来ないアプリケーションを作り上げるからです。

末山  先ほど、おっしゃられたチャレンジ精神、そして粘り強さが結実した結果だと解釈していますが、それは御社の文化みたいなものなのでしょうか。

足立  お客様が求めているものが、今の自分たちのスコープに無かったとしても、少しずつ手を広げていきます。
過去、私たちが関わったM&Aの歴史を見ると、買収先は全く違う領域ではなく、でも自分たちがすでに持っているものでもありません。だから、隣接地を買収しているイメージですね。
こうして少しずつソリューションの幅を広げた結果、お客様からすれば、見積もり1本で自分たちが必要とする製品・サービスの提供を受けられる。それが私たちのスタイルのひとつなのかも知れません。
自分たちの得意な領域を、一歩というか、半歩ほど踏みだしていく勇気を持つことが、私たちの文化のひとつとしてあると考えています。

後編に続きます)


2022年6月16日に開催した「企業との対話」のアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。

 

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