境界線をほどいた先に見える世界 ~認定NPO法人Silent Voice のデフアカデミー訪問記~

こんにちは。コモンズ投信マーケティング部の山本です。

2026年4月17日、デフアカデミーを訪ねました。
代表理事の尾中友哉さんに続き扉を開けると、こどもたちの声が聞こえました。

そのとき、小さな違和感を覚えました。
ここは、ろう・難聴のこどもたちが通う場所。どこかで「静かな空間」を想像していたからです。

そこに広がっていたのは、豊かな会話の世界でした。
大きく動く口元、豊かな表情、そして弾ける笑い声がありました。

■「おなか」と呼ぶ関係
尾中さんはすぐにこどもたちの輪へ加わり、手話と話し言葉で一人ひとりと言葉を交わします。
こどもたちは、尾中さんを「おなか」と呼んでいました。

「先生」でも「代表」でもありません。
気負いはなく、尾中さんも同じ輪の中にいました。
その呼び名に、重ねてきた関係の深さを感じます。

■「伝える方法」は、ひとつではない
誰がろう者で、誰が難聴者なのか分かりません。

人工内耳を使うひと、手話を使うひと、手話に声を重ねるひと。
スタッフにも当事者がいます。

それまでわたしは、聴者とろう・難聴者を無意識に二分していました。
けれど、聞こえ方は一人ひとり異なります。

声で伝わらなければ、手話や文字を使う。
口元や表情が見えるように伝える。
自分の枠に当てはめるのではなく、相手に届く方法を探す。

デフアカデミーの会話から、その姿勢が伝わってきました。

■それぞれの「自分らしさ」を表現する時間
「席に着こうか」
スタッフの声かけで活動が始まります。

今月のテーマは「自己紹介」。
自己紹介のために、それぞれの「好き・得意・大事」を伝える1ヶ月です。
こどもたちはタブレットでカードを作っていました。
好きな素材を選び、自分の写真を重ねます。

スタッフに助けられながら仕上げる子もいれば、操作に苦戦する子もいます。

作業中も、声や手話、表情を交えた会話が途切れません。
誰もが、自分に合った方法で思いを伝えていました。

■手話という方法ではなく、「つながり」に気付く
視線が交わり、手が動き、表情が変わる。
名前を呼び合い、笑い合う。

わたしは、その「輪の外側」にいました。

そこで感じたのは、聞こえない孤独ではありません。
互いをまだ知らないことから生まれる距離でした。

まちで手話を使って話すひとたちを見かけるたび、どこか羨ましさを覚えていました。
けれど、羨ましかったのは手話という技術ではありません。

互いの言葉を受け取ろうとする関係。
安心して思いを預けられるつながり。

わたしは、その関係性に憧れていたのだと気づきました。
「おなか」と呼ぶこどもたちの姿に、彼らが重ねてきた絆を見たのです。

■夢を閉ざさない社会をつくるために
尾中さんがデフアカデミーをつくった原点は、自身の生い立ちにあります。
尾中さんのご両親は耳が聞こえません。
手話は、聴者である尾中さんたち家族の当たり前の言葉でした。

高校生のとき、尾中さんは初めて父親の働く姿を目にします。
そこで見たのは、一人のひととして尊重されていなかった父親の現実でした。強い憤りを覚えたといいます。

父親には「教師になりたい」という夢がありました。
けれど、耳が聞こえないことを理由に断念せざるを得なかったのです。

夢を阻んだのは、本人の能力ではなく社会の壁でした。

「耳が聞こえなくても、夢を諦めなくてよい社会にしたい」
その思いが、尾中さんの原動力です。

デフアカデミーでは、当事者スタッフも働いています。
こどもたちは、自分と似た経験を持つ大人が自分らしく生きる姿を、日常の中で見つめています。

未来は、言葉だけで教えるものではありません。
大人の背中から、こどもたちは自分の未来を思い描くのです。

■「分かったつもり」の自分に気づく
振り返れば、わたしは無意識のうちに「思い込みの塊」になっていました。

聴者と、ろう・難聴者。
知らぬ間に世界を二分し、勝手に決めつけていたのです。
安易な線引きは、目の前にいる一人ひとりの姿をかき消してしまいます。

デフアカデミーにあったのは、記号化された分類ではなく、目の前の相手に言葉を届けようとする愚直で温かな日常でした。

尾中さんから教わったのは、活動の工夫だけではありません。
相手を「分かったつもり」になる前に、固定観念に気づき、ひとつほどいていく姿勢でした。

■思い込みを解いた先にあった、本当の言葉
扉を開けたとき、最初に届いたのはこどもたちの声でした。
けれど、ここで交わされる「声」は、耳で聴く音だけではありません。

手の動きにも、表情にも、視線にも思いがあります。

無意識に引いていた境界線をほどいた先にあったのは、誰もが自分に合った方法で思いを伝え、相手の言葉を受け取る日常でした。

かける眼鏡を変えると、見えなかった世界が鮮やかに浮かび上がります。

デフアカデミーへの訪問は、知識を得る体験にとどまりません。
「当たり前」だと思っていた世界の見方を、静かに、力強く問い直す時間になりました。