2022年、東証グロース市場に上場した株式会社クラシコム。
コモンズ投信では「ザ・2020ビジョン」を通じて、クラシコムが上場した時から投資しています。
日本は過去60年という周期のなかでアップ・ダウンを繰り返してきました。
1960年から90年までの30年間は、高度経済成長期からバブル経済という上りの30年。そこから2020年まではバブル経済崩壊やデフレ経済による下りの30年でした。
そうなると、2020年からは上りの30年間ということになります。
ただ、歴史は単純に繰り返さないでしょう。でも、韻を踏むことはあるかも知れません。1960年から90年までは、明らかに物質的な豊かさを追及した30年間でした。
では、これからの30年間は、どのような豊かさを追及する30年になるのでしょうか。
すでに日本経済は、規模では世界第3位に後退し、少子高齢化も進んでいます。そのなかで物質的な豊さを追及するのは、いささか無理がありそうです。
となると、心の豊かさではないか。そのように考えた時、株式会社クラシコムの追求する世界観がしっくり来ました。
今回は、特に個人投資家がクラシコムに対して、どう考えているのかを知りたいという、
同社代表取締役社長、青木耕平氏の希望もありましたので、個人と企業の対話色を少し強めた会にしました。
コモンズ投信株式会社代表取締役社長CIO 伊井哲朗
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株式会社クラシコム 代表取締役社長 青木耕平氏
【聞き手】
コモンズ投信株式会社代表取締役社長CIO 伊井哲朗
運用部/アナリスト 古川輝之
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【クラシコムのビジネスモデル】
「フィットする暮らし」の実現を目指して
青木 弊社の創業は2006年です。実妹である佐藤友子と共に創業し、2007年から北欧ビンテージ雑貨をEC販売する「北欧、暮らしの道具店」を開業しました。現在は「フィットする暮らし、つくろう」をミッションとし、ライフカルチャープラットフォームとしてさまざまな商品を取り扱いながら、日々の暮らしに関するコラム、映像などのコンテンツを制作・配信しています。
「フィットする暮らし」と言うと、何か少しふわっとした感じだと思いますが、それは自分の人生を、自分らしく、満足できるものにする、ということです。自分の人生を自分で評価する時、他人との比較で自分が成功したかどうかではなく、自分が満足できればそれでいいじゃないか、という評価軸ですね。私どもが提供しているコンテンツ、商品、サービスに触れて下さった方々が、「フィットする暮らし」に少しでも近づけるように。そして、私どもの会社に投資して下さっている株主の皆さんも、私どもと接点を持つことで、「フィットする暮らし」を実現するきっかけを掴んで頂けると嬉しいです。
私どもの事業は2つのラインがあります。BtoCの物販と、ブランディングソリューションの提供です。現在の売上比率はBtoCの物販が95%を占めているので、世の中的にはeコマース企業というイメージだと思います。
ただ、一般的なeコマース企業と異なる点がいくつかあります。
まず顧客創造のプロセスと維持の仕方です。普通は広告でお客様と出会い、販促通知を何度も送ってようやく購入していただけます。このビジネスモデルだと、売上の20%をマーケティング費用に投じないと利益が上がりません。
対して私どもは、各種SNS、YouTube、メルマガなどさまざまなチャネルの特性に応じて、私どもの世界観、商品の魅力を伝えるための、さまざまなコンテンツを制作しています。それらを通じて、「フィットする暮らし」に共感して下さった方が、まずコンテンツに登録します。そのコンテンツを見聞きし、私たちの世界観に共感して下さった登録者が、購入顧客へと転換していく。提供している商品はファッション領域が6割強を占めていて、オリジナルと仕入れによるものとが半々です。
もうひとつのビジネスラインであるブランドソリューションは、コンテンツを制作・配信し、商品をデリバリーするノウハウを、他の企業に提供しています。
このようなビジネスモデルで、創業した2006年以来、増収増益を続けており、創業時から黒字です。また、収益性を意識した経営を続けており、収益構造が安定した2016年以降は、経常利益率15%前後を維持しながら成長できています。
【企業との対話】
好き嫌いをベースにしたビジネスだからこそ、株式を上場したのです
古川 まず、経営方針にある「自由・平和・希望」が意味することを教えて下さい。
青木 自由・平和・希望は、「フィットする暮らし、つくろう」というミッションを実現できる会社の要件だと捉えています。
自由は、ミッションを実践するために、やるべきことをやる、やるべきではないことはやらないということを、自由に選択できなければなりません。これを私たちは、自由を獲得する力と認識しています。
平和は、自分たちが望まない競争に巻き込まれないようにすることです。そのためには、他社がやらないユニークなポジションを確保する必要があります。
そして希望ですが、恐らく「フィットする暮らし」を実現するためには、非常に長い取り組みになるでしょう。当然、それに取り組んでいる経営陣、社員が、実現に少しでも近づいていることを実感できないと、長続きしません。未来は今よりも良いものだと無理なく思える、希望を生み出す力が必要なのです。
古川 望まない競争に巻き込まれないようにする、ということですが、将来的に競合他社が現れないとも限りません。仮にそういう状況に直面した時、どうするのでしょうか。競争を避けるため、共に何かを生み出していく方向に舵を切っていくのでしょうか。
青木 人間の好き嫌いには多様性がありますから、十分に共存が可能です。たとえば「安い」、「便利」を商品やサービスの売り物にしている業界は、あっという間に集約されていきますが、これだけ高度に資本が集約されている時代において、なぜかファッションブランドは、日本だけでも何万もあって、お互いに共存しているのですね。これ、なぜなのかと考えてみると、人間の好き嫌いが強く関わっているからではないかと思うのです。好き嫌いは、どれだけ資本の集約が進んだとしても生き残れる分野なのです。かつ物販の市場規模は5~6兆円くらいあって非常に大きいものですから、競合他社が私どもと同じビジネスモデルを投入して競争するということに、なりにくいのです。だから、他社よりも少しでも早く商品を世に出して、少しでも多くのシェアを奪い取るといった、不毛な競争を強いられることがないと思うのです。
古川 ミッション、ビジョンを社内に浸透させるために、経営者として何を心がけていますか。
青木 言葉を社員に浸透させる努力は、ある程度の意義はあるけれども、効果はそれほど高くないと思っています。多くの社員は、「フィットする暮らし、つくろう」というミッション、「自由・平和・希望」というビジョンを定めた経営者自身が、それに基づいて日々の意思決定を下しているのかどうかを見ています。経営者としては日々、自分が定めたミッション、ビジョンを問われ続けるわけです。日々、たくさんの意思決定を下さなければなりませんから、そのなかにはミッション、ビジョンにそぐわないけれども、会社の売上にとっては良いかも知れないという事案もあります。そういう場合でも易きに流されることなく、ミッション、ビジョンに基づいて意思決定をする。その姿を見せることによって、社員はより意識していくものと考えています。常に一貫性のある意思決定を積み重ねていくこと。それがミッション、ビジョンを社員に浸透させるには重要だと思いますし、それは経営者としてのチャレンジでもあります。株式を上場する時も、さまざまな決まり事をつくりました。大事なことは、それを守るのが面倒そうな姿を社員に見せないことです。自分から率先して守る姿勢を見せます。決めたことを守る以上の答えはないと思います。
古川 なぜ株式を上場しようと考えたのですか。財務面ではキャッシュリッチな体質と見受けられますが、それなら上場しないという選択肢もあるような気がします。
青木 そうですね。資金は十分に回っていましたし、出資者から、いつまでに株式を上場しなければならないといったことは求められていませんでした。ですから今回の上場は、自分で積極的に考えた末に選んだ行動でもあります。理由はいくつかあるのですが、まず資本市場から資本を調達できるのが魅力でした。おっしゃられるように、財務面ではキャッシュリッチなので、わざわざ株式を上場することもないのではないか、という意見もいただきましたが、未来永劫、良い状況が続くとは限りません。時には逆風が吹くこともあるでしょう。そういう時の備えです。もうひとつは、私どもの商品・サービスが、好き嫌いをベースにしていることです。これが装置産業であれば、合理的な意思決定で事業を伸ばしていくこともできますが、私どものビジネスは、あくまでも個々人の主観を軸に成り立っています。それだけに向き、不向きがあるので、自分の血縁を理由に経営をバトンタッチすることは避けたい、と思ったのです。それよりも、好き嫌いをベースにした商品・サービスを提供するというビジネスに向いた人がいるならば、その人に経営を任せたい。そういう意味で、プライベートカンパニーではなく、上場することによってパブリックカンパニーにしました。
古川 ありがとうございます。
【投資家との対話】
投資家 クラシコムの商品は長持ちとのことですが、将来的に一通り買い揃えられた時、成長の伸びが頭打ちになることはないのでしょうか。
青木 正直、まだまだ小さい会社です。小売業は非常に大きな市場規模がありますから、その心配をするには、恐らく売上高で1000億円は必要になると思います。そして現状、そこまでは到達していません。マーケット全体の規模と、私どもの事業規模の乖離が十分にあるので、長い目で見れば、その問題が浮上してくることはあると思いますが、それはまだ相当先の話であると認識しています。
投資家 コンテンツ作りで特に大切にしていることは何ですか。
青木 コンテンツは人の心を動かすためのものです。そのためには、人を喜ばせるものでなければなりませんが、それが行き過ぎると、誰かを傷つけることになるリスクもあります。面白いことには、どこかに毒があって、それは結局、誰かを傷つけることになります。ですから、面白過ぎないものを目指します。たとえば、サザエさんでタイコさんが不倫をしているようなストーリーは嫌な気分になりますが、タイコさんが初恋の人に偶然出会って、一瞬心がざわめいても、自分の家に帰ってきたら、やっぱりノリスケさんが素敵と思ったというストーリーに共感するという感じですね。誰も傷つかず、楽しいコンテンツ制作を心がけています。
投資家 さまざまなチャネルで発信するためのコンテンツを制作しているとのことですが、最も重視しているチャネルは何ですか。
青木 チャネルの重要性、役割は時々刻々と変化していきます。そのうえで申し上げますが、足元ではアプリを重視しています。ただ、アプリのダウンロード数は、その他のチャネルで共感して下さる方が多いから増えるものです。したがって、チャネルの違いで重要度に差をつけることはありませんが、何が旬なのか、ということはあり、今で言うと、アプリ、YouTube、ポッドキャストが挙げられます。基本的に、何かに大きく依存するのは、「自由」に抵触するので、そこは分け隔てなく考えるようにしています。
投資家 社員の女性比率が高いとのことですが、産休・育休の影響をどう考えていますか。
青木 社員の80%が女性で、そのうち半数は未就学のお子様を育てていらっしゃいます。ここ3年は、全社員の20%が産休に入っている状況ではありますが、コロナ禍でリモートワークが普及したので、産休や育休を取っていた女性社員の早期復帰が進んでいるのも事実です。子供を育てていない社員を増やすと安定するなどと言われていますが、属性は全く気にしません。産休や育休に入っている社員が20%いるとしても、その人たちが置かれている環境を尊重しつつ、どうやって事業を伸ばしていくのかを考えることこそが、フィットする暮らしに向けて私どもの歩みを一歩でも進めるうえでのチャレンジと捉えています。
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。