投資信託発祥の地 エジンバラの運用会社と語る長期投資の醍醐味

スコットランドのエジンバラには、企業価値を丹念にリサーチして長期投資を行う運用会社が集まっています。ウォルター・スコット&パートナーズもそのひとつ。持続的な成長が期待できる世界の優良企業を対象に投資する同社は、10兆円の資産規模を持ち、旗艦ファンドは世界中の年金基金の運用に採用されています。同社が考える長期投資の醍醐味とは何かを、クライアントサービス部日本ビジネス推進役の多次貴志さんに伺いました。
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ウォルター・スコット&パートナーズ クライアントサービス部日本ビジネス推進役
多次貴志氏

【聞き手】コモンズ投信代表取締役社長兼CIO 伊井哲朗

 

【司会進行】コモンズ投信取締役 福本美帆

エジンバラに長期投資が根付いた理由

司会  まず、どうしてエジンバラに長期投資家が集まっているのか、という点から教えていただけますか。

多次  エジンバラは投資信託発祥の地と言われているのですが、その起源は19世紀に遡ります。当時、ナポレオン戦争によって亡くなった兵士のご遺族の方々の生活を支えるため、大勢の人々から資金を持ち寄って投資をするという、今で言う集団投資スキームが誕生しました。
その後、イギリスでは産業革命が起こり、グラスゴーという都市で鉄鋼、造船、製糸といった、さまざまな産業が立ち上がりました。そのなかでエジンバラは、グラスゴーの隣町だったこともあり、これらの産業を支えるバックオフィス的なビジネスが発展していきました。会計事務所、法律事務所などがそれです。そこから運用会社が派生していきました。
保険会社も大きな役割を果たしました。保険といえば契約者から集めた保険料を、将来の支払いに備えて運用するわけですが、その運用は基本的に長期投資になります。こうした背景から、エジンバラには長期投資を主体とする運用会社が、自然と増えていったと考えられます。

司会  ウォルター・スコットの運用の特色を教えていただけますか。

多次  イギリスといえばガーデニングで有名ですが、これは100年、200年という長い時間をかけて綺麗な庭を育てていくという感覚なんですね。最初にどのような庭にしていきたいかというイメージを描き、長期的にそれを実現していくためのプランを立てたら、あとは丹念に手入れをしていく。それを淡々と続け、次世代に引き継いでいくことで、素晴らしい庭が造られていきます。
私たちが考える長期投資も、これと同じです。1年を通じて季節が移り変わっていくなかで、常に美しい庭であり続けられるようにするのと同じで、長期で投資を継続していくと、さまざまなマーケットの変化に直面します。バリュー株が買われることもあれば、グロース株が買われることもありますし、絶好調でマーケットが上昇することもあれば、リーマンショックのように大暴落をすることもあります。
長期にわたって投資を継続するためには、このようなさまざまなマーケット環境の変化に耐えうるポートフォリオを構築する必要があります。そこで重要なのが、セクターや国・地域の分散です。
それと同時に、これからの成長テーマが何かということも、常に念頭に置いて投資を行っています。昨今で言うと、インフォメーション・テクノロジーを筆頭に、ファクトリー・オートメーションや先進医療なども挙げられますが、これからの成長テーマを見据えたうえで、これらの成長機会をリターンに結び付けていくことも大切だと考えています。

100年企業が持つDNA

伊井  長期投資をするには、持続的に成長する企業への投資が必要だと思いますが、ウォルター・スコットがファンドに組み入れている企業の創業からの年数は、どのくらいになるのですか。

多次  私どもが投資している企業数がおよそ50社ですが、それらの創業からの年数は、平均で約70年ですね。なかには100年超の企業も10社程度、含まれています。
これは、別に私たちが創業からの経過年数でスクリーニングして、投資先を選んでいるのではなく、財務体質が強靭かつ成長し続けている企業を探して組み入れた結果、こうなったのです。
ただ、長年にわたって祖業をコツコツ続けているような企業は、私たちのポートフォリオには入っていません大事なのは、世の中の変化に対応しながら成長し続けることを、DNAとして持っている企業に投資することだと考えています。

伊井  日本にも創業から100年を超える企業がたくさんあります。それが日本経済を明るいものにする原動力になれば良いなと思います。

多次  この3年くらいを振り返っても、パンデミックや世界的インフレなど、それこそ100年に1度というような出来事が頻発しました。創業から100年を超えている企業は、過去に同じようなことをしっかり経験しています。
逆に、未来は簡単に予想できるものではありません。2020年初頭に、まさか、新型コロナウイルスのパンデミックによって世界経済が停滞し、マーケットが急落したものの、金融緩和によって反転・急騰し、物価も高騰し、ということを正確に予測できた人は、いないと思います。
だから、私たちは将来の見通しに時間をかけません。それよりも過去、10年、15年と遡って有価証券報告書などを丹念に読み込み、世の中に大きな変化が生じた時、企業がどのように行動し、それがどのような結果につながったのか、経営者はどのような判断を下したのかを読み解くことが必要だと考えています。

伊井  同感です。挫折を知らず、ひたすら順調に成長し続けている企業に投資するのは怖いですね。私たちも投資先企業を見る時は、過去さまざまな苦境に直面した時、どうやってそれを乗り越えてきたのか、過去の失敗を今の成長にどう生かしてきたのかといった点を重視しています。だから、過去3年くらいの財務データにはあまり興味が無くて、それよりも15年前、20年前の危機にどう対処したのか、その時の経験が今、どのように生かされているのかといった点を重視していますし、企業と対話をしていくなかで、一番面白いところだと思います。

長期投資できる企業に共通する特徴とは

司会  50社程度に投資しているということですが、投資先企業に共通する特性にはどのようなものがあるのでしょうか。

多次  強固な財務基盤の背景を考えると、高い価格決定力を持っているからこそ、業界最高水準の粗利益率、高水準の資本利益率が実現でき、その結果として、景気悪化に対する強い耐性が備わり、利益の持続性が担保されると考えています。
これらの特性は自然に備わるものではなく、やはり企業の絶え間ない努力のおかげでもあります。多くはパイオニア的企業なのですが、同時にイノベーションへの調整を欠かさず、変化に対して高い適応力を持ち、かつ差別化される要因を持っています。それらが相まった結果として、持続可能な経営が可能になり、加えて良い企業文化を持つことによって、その可能性がさらに強固なものになるのだと思います。

司会  今、おっしゃられた観点で、実際に投資している企業について、なぜそこに投資したのかという事例を挙げて、説明していただけますか。

多次  まず、フランスの企業グループであるLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンですね。ルイヴィトンやブルガリ、時計のタグホイヤー、最近はティファニーも買収しました。世界中の有名ブランドをどんどんグループに入れて集約している会社です。
1987年にルイヴィトンとモエヘネシーが合併したのを皮切りにさまざまなブランドを買収し、無駄なところをしっかりリストラしつつ、それぞれのブランドの良さを活かして、世界中で商売をしています。
この会社の強みは、何といっても価格のコントロール力に長けていることです。ルイヴィトンのお店に行くと分かりますが、セールをしたことがない。基本的に言い値で売れてしまいます。恐らく100万円の商品が150万円になっても、誰も文句を言わないでしょう。逆に、自分が100万円で買ったバッグの価値が上がったと喜ぶ人が大半ではないでしょうか。これに勝る強みはなくて、利益率は極めて高く、キャッシュフローも潤沢です。かれこれ10年くらい保有し続けています。

伊井  コモンズ投信の投資先企業だとクボタですね。日本を代表する農機具メーカーで、常に高い利益率、ROEを維持しています。
社歴も長くて、100年を超えています。この間、常にその時代の社会課題を見つけ、それを解決するためのビジネスを展開してきました。非常にイノベーティブな企業です。
たとえば100年前、コレラが大流行した時、水が不衛生だと伝染が広まることが分かり、水道管を量産しました。
戦後は食糧難が深刻化するなか、農業の機械化を進めて生産性を高めようとして、農機具を量産化しました。昨今では環境対応ということもあり、農機具のEV化、自動運転技術の導入にも取り組んでいます。
私どもはかれこれ10年くらい投資を続けているのですが、この間、クボタの株価はTOPIXを100%くらいオーバーフォームしています。社会課題に取り組みつつ、しっかり経済的なリターンも実現している好例のひとつだと思います。

多次  長期投資を前提にする以上、社会課題の解決に取り組んでいる企業でないと、投資しにくい面があります。

伊井  そうですね。ESGやSDGsもそうですが、地球規模の大きなテーマ、社会課題がないと、なかなか長期のビジネスには取り組めないので、そこは大事だと思います。かつ、社会課題が大きければ大きいほど、それを解決した時のビジネスチャンスも大きくなりますから、そこに向けてイニシアティブをとれる会社こそが、本当にいい会社なのだろうと思いますね。

多次  ノボ・ノルディスクもそのひとつです。14年ほど保有していますが、糖尿病の治療薬をつくっています。インシュリンの世界シェアが5割を超えています。食事の欧米化の影響かどうかはともかく、世界的に肥満、糖尿病が大きな問題になっているのは事実です。これも重要な社会課題で、その解決に取り組んでいるのが、ノボ・ノルディスクです。

ウォルター・スコットとコモンズ投信の共通投資先

伊井  ウォルター・スコットとコモンズ投信の両社が共通して投資している企業もあります。信越化学工業やキーエンスがそうですが、ここでは信越化学工業を事例にして、弊社アナリストの原嶋から、投資に際しての注目点と、ウォルター・スコットの視点と両方の話を伺いたいと思います。

原嶋  ではコモンズ投信から。信越化学工業は塩化ビニール樹脂とシリコンウェハーの製造が2本柱ですが、いずれも信越化学でしか作れないものではないというのが、ミソだと思っています。競合他社がいるなかで、なぜ信越化学工業が極めて高い利益率を誇っているのか。それは、当たり前のことを当たり前にやり抜く力に長けているのだと考えています。
たとえば、顧客が要求した納期に、要求した品質のものをきちっと出す。この当たり前のレベルが、競合他社に比べて突き抜けて高い。それを実現するうえで製造部門、営業部門、物流部門など、社内の各部門を有機的に動かす組織力の強さや、潤沢なキャッシュフローを活かして、誰よりも早く、誰よりも大きな規模で投資する。そのスピード感に強みがあると見ています。

多次  私たちは信越化学工業を1990年代半ばから保有しているので、かれこれ30年近くになります。
いわゆるシクリカルといって、景気敏感な汎用品を製造している企業なのですが、圧倒的な規模で戦っているのが最大の特徴です。正直、ライバル企業がどれだけ頑張っても太刀打ちできないでしょう。これが信越化学工業の強みだと考えています。
景気に左右されやすいし、特別な技術力があるわけでもない。でも、製造技術の高さなど、いわゆる日本的な製造業の強さが活かされている企業だと思います。しかも次の一手ではなく、次の次の次の一手を考えて行動しているようにも見えます。
キャッシュフローが潤沢ですからね。株主還元もいろいろな意味で良い方向に進んでいるように思えます。

投資先企業の株価が低迷している時の対処法

司会  ありがとうございます。今回、長期投資の醍醐味ということで、多次さんと弊社伊井の2人からお話をいただいたわけですが、長期投資をするうえで、株価が低迷している時にどのような対応を取るのかについて、教えていただけますか。

多次  やはり業績ですね。マーケットはさまざまな要因で上昇、下落しますが、とにかく業績面でマイナスがない限りは持ち続けます。もちろん、バリュエーションから見て割高な水準まで株価が上昇してしまった時は、ある程度調整しますが、基本的には持ち続けます。
キーエンスを例に挙げると以前、PERで70倍、80倍まで買われたことがあり、そこから一気に40倍まで下がったことがありました。株価パフォーマンスも短期的にはマイナスでした。社内でも議論を尽くしたのですが、やはりキーエンス独自の技術力や収益力から長期の業績への見通しは強いと判断し、保有し続けました。
ただ若干、確信の度合いが落ちた時は、ポジションを調整するとか、追加購入しないことになり、結果的に組入比率を落とすことはあります。また長期的に見て、企業の強みを打ち消す恐れがある企業の行動が見られ、想定する強みが無くなった場合には売却するケースもあります

伊井  人も企業もそうですが、長い期間のなかでは調子が良いこともありますし、逆に悪いこともあります。
調子が悪い時にどう耐えるのかについては、単に縮こまって嵐が過ぎるのを待つのではなく、企業としっかり対話することが大事だと思っています。
株価が低迷している時は、業績も悪化しているし、証券会社のアナリストからは次々にダウングレードのレポートが出てきますし、この銘柄を持っていて大丈夫なのか、という声も方々から飛んできます。そういう周りからの声を聞きつつ、さまざまな角度から検証するため、企業と丁寧に対話を重ねていきます。
あと、不祥事によって株価が下がることもありますが、長期投資家の場合、不祥事が判明してすぐに売るようなことはしません。大事なのは、不祥事をきちっとリカバリーできる力があるかどうかを見極めることです。その力があると判断したら、株価は安くなっているのですから、買い増しをするチャンスでもあります
あと、売却した後も、私たちの判断が正しかったかどうかを検証する意味もあって、調査は続行するのですが、縮小してポジションを持ち続けるのと、全くポジションをゼロにしてしまうのとでは、気持ちの上で大きく違ってきます完全に売却すると、その企業が再び回復してきた時、それを察知するタイミングに遅れが生じてしまう恐れがあります。したがって、リカバリーできる力があると判断した企業については、組入を多少下げても持ち続けるようにします。

司会  ありがとうございました。

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