旭化成はコモンズ30ファンドの投資先で、初めて投資したのが2009年9月でした。運用当初から組み入れている「オリジナル30」ともいうべき企業で、保有期間は今年(2022年)で13年目に入ります。まさに長期投資に適う企業と言っても良いでしょう。
創業は1922年。今年は創業100周年を迎えます。この長い歴史のなかで、時代、時代に合わせて事業ポートフォリオを変化させてきました。投資を始めた2009年、当時の社長だった蛭田史郎氏に「どのような事業を残していくのですか」と聞いたところ、「日本でシェア1位の事業だからといって残すつもりはありません。グローバルでシェア1位を獲れる、世界的に競争力を持つ事業だけを残していきます」と言われたのが印象に残っています。
昨年(2021年)の11月、大規模水素製造装置を2025年までに商用化し、新しい事業の柱にすることを発表しました。今回は、旭化成が取り組むグリーンプロジェクトの話を中心に、グリーンソリューションプロジェクト副プロジェクト長の植竹伸子さんと、IR室の濱本太司さんに話を伺いました。
原嶋 まず、旭化成が今、取り組んでおられるグリーンソリューションプロジェクトの概略と、御社の事業ポートフォリオにおける位置づけからお話いただけますか。
植竹 旭化成は現在、マテリアル、住宅、ヘルスケアという3つの事業領域を持っています。全社売上高における比率としてはマテリアルが5割、住宅が3割、ヘルスケアが2割です。私たちには「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献する」という企業理念があり、常に時代と共に変化する社会ニーズを捉え、世の中の課題解決を行うなかで、事業ポートフォリオを変化させてきました。具体的には化学肥料、再生繊維、火薬からスタートし、1950年代は合成繊維と石油化学、1970年代は住宅・建材、医薬・医療機器、エレクトロニクスというように変化し、2000年代以降はグローバル化を加速しています。多様性と変革力が強みであり、持続可能な社会貢献と持続的な企業価値の向上を目指しています。
私が属しているグリーンソリューションプロジェクトは、社長直轄組織として2021年4月付で発足しました。ここでは再生可能エネルギーによって「グリーン水素」をつくるアルカリ水電解装置や、CO2の分離・回収、CO2を原料として機能化学品を作るCO2利用技術などの事業化を展開していきます。
原嶋 水素事業についていくつか質問させて下さい。水素事業を2025年に事業化し、2030年には旭化成の事業の柱にするということですが、2030年の世の中がどういう社会になっていることを想定していらっしゃいますか。
植竹 水素は脱炭素社会を実現するうえで必要不可欠なマテリアルです。恐らく世界各国で水素プロジェクトが立ち上がり、2030年には水素がエネルギー源として広く社会に浸透しているのではないでしょうか。具体的には発電、あるいは運輸部門ですね。特に大型車両が水素で走るような時代になると考えています。
原嶋 水素をエネルギー源にするものとして、恐らく誰もが真っ先に自動車をイメージするかと思いますが、一般の人が乗る自動車よりも、まずはトラックやバスなどの大型車両になりますか。
植竹 一般車両が水素自動車になるのはまだ先の話でしょう。自動車の場合、水素よりもEVが先行していくものと考えています。
対して、長い航続距離が求められる大型トラック、バスに加えて、飛行機や船といった分野において、水素をエネルギー源としたものが普及していくと思います。基本的に水素をエネルギー源として車両などを動かすとなると、コミュニティーの中で水素ステーションが作られていくような取り組みが必要だと考えます。
例えば、NEDO (国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)委託事業による「福島水素エネルギー研究フィールド」に私たちの大型水電解装置を設置しておりますが、その自治体である浪江町では、水素ステーションを増やす取り組みを行っておられると聞いています。こうした動きが広まっていくことに期待しています。
原嶋 仮に2030年までに水素がエネルギー源として普及した場合、旭化成としてはどの事業を手掛けるのでしょうか。技術的な強みを生かせる水素製造に注力するのか、それとも浪江町の福島水素エネルギー研究フィールドのように、オペレーションも含めて展開することを考えているのか、そのあたりはいかがですか。
植竹 まず、私たちが担う役割はグリーン水素をつくるアルカリ水電解装置の供給です。お客様にそれをお納めし、水素をつくっていただきます。その際のオペレーションも含めて、私たちが関与していきます。
また水素事業や脱炭素のサプライチェーンは、上流から下流にかけて非常に長いものになります。例えばNEDO助成事業であるグリーンイノベーション基金事業では、再生可能エネルギー由来の水素からアンモニアを合成する検証を、日揮ホールディングスと共同で計画していますが、さらに上流でいえば発電事業者がいますし、再生可能エネルギー由来の水素を大量に作るには、それに適した場所で行う必要があるので、そこから水素を運搬する運送事業者なども、サプライチェーンとして連携していく必要があります。
原嶋 再生可能エネルギー由来の水素をつくるためには、コストの問題を避けて通れないと思います。低コストで再生可能エネルギー由来の水素をつくるうえで、どのような方法を考えていらっしゃいますか。
植竹 低コストな水素を水電解で製造するためには、大量の低コストな電力を必要とします。その電力を再生可能エネルギーで賄おうとした場合、日本国内にどれだけ適地があるのかという問題があります。日本は山間部が多いので大規模な太陽光発電を行える土地が少ないですし、風力発電も安定した風が得られる場所に乏しく、再生可能エネルギーによる大量発電には限界があります。
したがって、海外で再生可能エネルギーの適地を探し、そこで水素を大量に製造して日本やアジアに輸送するということも視野に入れたうえで、プランを検討していく必要があります。
もちろん、周辺機器も含めて価格を下げ、少しでも安いコストで水素をつくりだす努力はしていきます。ただ、水素製造コストの大部分が電力コストで占められることからすると、やはりそこをどれだけ安く獲得するかが、再生可能エネルギー由来の水素をつくるうえで、大きなカギになります。
原嶋 アルカリ水電解装置のコストについて、2030年に1キロワットあたり5.2万円を目標にするということですが、現状のコストはいくらになるのでしょうか。
植竹 正直なところを申し上げますと、まだまだ高いのが現状です。恐らく目標値の2、3倍はかかります。浪江町は実証実験のプラントということもありますが、これを商用化に向けてどこまで下げられるかが、私たちにとってのチャレンジでもあります。これまで実証実験で使用してきた装置は10メガワットで、これでもすでに単一ユニットとしては世界最大級なのですが、グリーンイノベーション基金事業ではこれを40メガワットに引き上げて実証を行い、商用化としては100メガワット級を目指します。
原嶋 ここ最近は、水素関連のニュースが増え、数多くの企業が水素エネルギーの研究に取り組んでいることが分かります。国内では御社以外に東レが、ドイツのシーメンス・エナジー社と提携してグリーン水素の製造に乗り出しています。こうした他社、あるいは他国での動きをどのように見ていらっしゃいますか。
植竹 水素社会の実現に向けた取り組みは、法整備も含めて圧倒的に欧州が進んでいます。そのため、欧州ではさまざまな企業が水素の製造に取り組んでおり、競合もたくさんあります。
日本では今、話に出てきた東レが水素製造技術の開発に乗り出していますが、実は当社とは方法が違います。
当社は前述したようにアルカリ水電解で水素をつくりますが、東レの場合はPEM型という方式を用いています。それぞれに一長一短があり、どちらが標準化されるというのではなく、並存していくことになるでしょう。
これから世界的に水素に対する需要が高まっていきます。その状況を踏まえると、一社独占の技術にするよりも、さまざまなところが自分たちの地域特性に合った形で、水素開発を進めるのが良いのではないかと思います。
原嶋 IR室長の濱本さんにも参加いただいているので伺いたいのですが、世の中のニーズが顕在化しておらず、それがいつ顕在化するのかも分からない時に、長期的な研究開発を続けられるのは、どのような仕組みやカルチャーによるものなのでしょうか。
濱本 やはり社会が変化していくなかで、変化に応じて生じてくるさまざまな社会的ニーズに応えるため、もともと持っている技術力を活かしたり、外のものを取り込んだりして新しいものを生み出していくというDNAが脈々と流れています。
「これ、何に使えるの?」と聞きたくなるようなものが生み出され、実際にお客様のところに試作品を持っていっても、何に使えるのか分からない。それでもいつか花開くことがある。そういう研究がたくさん行われていて、それが社内的に許容されているのは、当社が多様性を何よりも重視しているからです。
多様性があるから、いろいろなものをくっつけることによって、そこにイノベーションが生まれます。イノベーションがあるからこそ、社会の変化に応じてさまざまなものを世に送り出すことが出来ます。
原嶋 小堀社長(2022年4月1日から会長)が以前おっしゃられた「未来最適」という言葉が非常に好きです。今、利益を出しているかどうかではなく、将来を評価することと解釈しているのですが、売上も利益も上がっていない赤字の事業でも、将来のポテンシャルが期待できるから評価するのは、とても難しいことだと思います。どうやって全社的な理解が得られたのでしょうか。
濱本 当社はボトムアップ型の組織と言われ、現場力が強いという特徴を持っています。
ただ、その一方で「全社最適」や「未来最適」など、旭化成という組織が目指す方向性を指し示す際には、やはりトップダウンの強さが大事です。
現在の中期経営計画は「Cs+ for tomorrow 2021」というテーマのもとに進められていますが、ここで言うCにはコンプライアンス、コミュニケーション、チャレンジ、コネクトという4つの言葉の頭文字を取っています。この価値観を社内に浸透させるため、小堀があらゆる場面で発信しています。
トップマネジメントが繰り返し発言し、ミドルマネジメントが現場に浸透させる。個々の組織における中長期視点のミッションとアサインメントがあり、それをブレイクダウンして個人のアサインメントにしていく。こうした大局的なバックキャストが行われることによって、全社的な理解が得られている理由だと思います。
原嶋 本日は貴重なお話をありがとうございました。
2022年1月19日に開催したオンラインイベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。