コモンズ30ファンドの運用開始時から投資している先のひとつに、エーザイ株式会社があります。
なぜ、エーザイに投資をしようと思ったのか、そして今、ESGが注目を集めるなかで、エーザイはどのような取り組みをしようとしているのか、コモンズ投信会長の渋澤健が、エーザイ株式会社専務執行役CFOの柳良平氏に伺いました。

エーザイ「価値創造レポート2021」で対談した際の写真。                                 左)エーザイ株式会社専務執行役CFO 柳良平さま 右)コモンズ投信株式会社取締役会長 渋澤健

エーザイに投資した理由

渋澤  今から13年前になりますが、私たちがコモンズ投信を立ち上げ、第1号ファンドとして「コモンズ30ファンド」の企画を考えていた時、30とは30年であり「世代を超える投資をしよう」という想いをそこに込めて、ではどこに投資しようかという議論を繰り返し行っていました。

投資の時間軸として30年は長期投資に入るわけですが、その時間軸に耐えうる投資先、テーマのひとつはやはり人間の健康であり、そうなると投資先として、製薬会社が候補に挙がってきました。もちろん、製薬会社もいろいろあって、本日お越しいただいているエーザイの他にも、たくさん大きな会社があるわけです。

そのなかで、なぜエーザイを選んだのかと言いますと、私たちの投資委員会で話題になったのは、「どうもエーザイという会社は、製薬会社のなかでも尖っている。変わっている。開発型というか、勝負屋的なにおいが非常にする」ということでした。

この点が、エーザイに興味を持つようになったきっかけで、最終的に投資を決断したのは、エーザイの株主総会の通知をいただいた時でした。一般的に、この手の通知は読み物として考えた時、それほど面白いものではありませんが、エーザイから送られてきたのは、非常にページ数が分厚い、立派なものだったのです。

当時はまだ社外取締役の存在自体、ほとんど世間の関心がありませんでしたが、エーザイでは社外取締役を大勢配していましたし、株主向けの通知には社外取締役も含めて役員全員の顔写真が掲載され、各人の所信表明なども書かれていました。あれは、どういう経緯で作ろうと思ったのですか。

 柳   ある程度、規模が大きな組織ですから、社内にいても取締役の顔が見えてこないというケースが結構ありまして、株主様であればなおのことそうだと思いました。そうであれば、取締役全員の顔写真を載せて、さらに所信表明なども一緒に掲載しておけば、取締役と株主様の間の距離も縮まるのではないかと思ったのです。

渋澤  本当に一所懸命、皆さんが株主に対して訴えかけようとしているのがよく見えてくるような内容でした。定款に目を通すと、そこにも素晴らしいことが書かれている。それで投資しようということになりました。

運用スタート当初のコモンズ30ファンドは非常に規模が小さくて、それこそ1億2000万円程度からのスタートになったわけですが、その時のIR部長がいつの間にかーザイのCFOになっておられました。柳さんのことですね(笑)。
とにかく柳さんには驚かされっぱなしで、いきなりエーザイ創業家の内藤晴夫代表執行役CEOを、このコモンズ投信のオフィスに連れてきて下さいました。

   大抵、CEOを投資家のところに連れていく時は、大株主から順に会わせていただくのですが、コモンズ投信に連れていったのは、私の独断と偏見によるものでした。

正直、私はその時、高い知見を持ち、気骨のある運用会社にCEOを連れていき、本当の意味でのエンゲージメントが欲しいと思っていました。投資の規模ではなく、質で会うかどうかを決めて欲しいという想いがあったのも事実です。そうしたら内藤自身が、コモンズ投信に行ってみたいと言ってきたのです。

それで渋澤さんのところにお連れすることが出来たのですが、面談が終わった後で内藤が、「本当に勉強になった。長期的視点を持っているし、伺った話を経営にフィードバックさせたい。あのような投資家がいるのは、私たちにとっても励みになるし、エールをいただいた気がする」と言っておりました。

1年の1%を企業理念実現のために使う

渋澤  恐縮です。あと企業文化として、最優先すべきは患者さんであるという企業理念が定款に盛り込まれています。この意図するところをご説明下さい。

   私たちは知る限り世界で初めて定款に企業理念を盛り込んだ会社です。「ヒューマン・ヘルスケアのエーザイ」として患者様のことを第一に考え、使命としての患者様貢献をする。患者様と喜怒哀楽を共有して、事後的には結果としての経済的な価値もつくっていくことをうたっているのですが、そのミッションためには患者様の喜怒哀楽を知らなければ、本当の意味で患者様貢献ができません。

この企業理念が出来てかれこれ30年経つのですが、この間、企業理念研修といって全世界1万人のエーザイの社員を対象に、1年の1%を企業理念のために使いなさいということが義務付けられています。1年の1%というと、2営業日に該当するのですが、この時間を患者さんや困っている人と一緒に過ごします。これは私のような管理部門の社員もそうですし、MR、研究職、生産の職種、中国人、アメリカ人、その他の人種も問わず全員、老人ホームや小児がん病棟、知的障碍者施設などで患者様と過ごします。そうすることによって、患者様の悩みなどがリアリティを持って理解できるようになるわけです。そこで得られた患者様の喜怒哀楽を社内へ持ち帰って共有して、さらなる患者様貢献のモチベーションを高めています。こういうフィードバックを30年にわたって行っているのがエーザイなのです。

それが私どもの原点であり、綺麗ごとの企業理念や社是ではありません。壁に「社是」を貼り、それで何となく社会貢献をした気になっているような薄っぺらいものとは全く違うのです。全社員がさまざまなことで苦しんでいる患者さんと直に触れあって、我が事として仕事に活かしていくのです。最近では社外取締役の方々にも同じ研修を受けてもらい、現場を知っていただいたうえで、取締役会で発言してもらうようにしています。

人の価値を可視化するには

渋澤  凄いですよね。これは本当に感動します。自分たちが携わっている仕事の範囲ではなかなか気付けませんが、違う観点から自分たちの仕事を見つめることによって、社会にどのようなインパクトを与えているのかを知ることが出来ますし、そういう気付きはとても大事なことだと思います。

あと、エーザイで凄いなと思うのは、企業文化とか競争力、経営力など見えない価値を大事にしていることですが、その見えない価値というのは、詰まるところ人だと思うのです。でも、人の価値ってなかなか数値では見えないものです。

どの会社も表向き、「人は大事な資産です」と言うのですが、人という試算はバランスシートに載りません。載っているとしたら、損益計算書の「人件費」になるわけですが、一般的には人件費を削って利益を増やすと、株価は上がります。どうもおかしなことが資本市場でまかり通っているように思えます。人を企業価値としてしっかり可視化するには、どうすれば良いのでしょう。

   今、私が取り組んでいるのはハーバード・ビジネススクールと協業で行った「インパクト加重会計」の日本第一号で、エンプロイメント・インパクトの会計「エーザイの従業員インパクト会計」は測定して統合報告書での開示までやりました。次はプロダクトのインパクト会計を個人的には検討したいのですが、製品そのものの売上予測ではなく、製品のもたらす社会的インパクトの測定に、これから本格的に着手していこうと思っています。

ポイントは2つあって、ひとつはアクセス・トゥ・メディシン、つまり「医薬品アクセスの問題」す。これは例えばアフリカの恵まれない子供たちに、熱帯病の薬を無償配布するという活動です。これがどれだけの社会的インパクトをもたらしたのかを、ハーバード流の会計と合わせて測定することを私は研究しようと考えています。

顧みられない熱帯病に罹ると亡くなったり寝たきりになったりして、それを介護する家族や地域社会に経済的なダメージが及ぶのですが、この活動を通じてその熱帯病を撲滅できた時、これから何十年と働ける人が増えて、その人たちの生涯賃金や、アフリカのGDPにどれだけの価値を創造できるのかを計算していきます。それによって管理会計のPLで表される利益だけでなく、社会的インパクトとしてアフリカに私たちの薬がどれだけのバリューを提供できたのかを定量的に測定して、開示していくことを検討したいと思っています。

それともうひとつ、これは難易度が高いのですが、「認知症のアマゾンになる」というフレーズを掲げて、アルツハイマーの薬を開発していくだけでなく、認知症になったとしても安心して生活できる街づくりに着手してまいります。それによって、患者さんのご家族が安心して働けるようになった時、社会やGDPにどの程度の影響、インパクトが及ぶのかを定量的に測定するということも個人的には研究テーマに考えています。

CO2削減への取り組み

渋澤  カーボンニュートラルについてはどう対応していますか。

   重要なイシューだと思います。エーザイとしては2040年にカーボンニュートラルを実現するという方針を打ち出していますが、ややトリッキーなところがあるのも事実です。実は私がエーザイのCO2の削減をKPIに入れてモデル解析をしたところ、CO2を減らすほど利益も株価も高まるのかというと実はそうではなくて、操業度に引っ張られてしまい、薬が売れれば売れるほど工場の稼働率が上がってCO2が増えることの方が、ESG的な観点よりも強く出てしまうという矛盾した傾向が見られました。

この点については、業界や企業によってESGのKPIの重要度は異なります。製薬会社ではCO2のマテリアリティ、つまり重要度がそれほど高くないのです。それが米国のSASB(米国サスティナビリティ会計基準審議会)、現在は合併してVRFが公開している、業界ごとのマテリアリティマップに表れています。たとえばITや人材派遣などであれば、そもそもCO2なんてほとんど排出しません。それよりも人の登用とか女性活用の方が重要度は高い彼らはと言っています。

ただ、オールジャパンで見ると、たとえば私の論文でも、TOPIXではCO2排出量が多い企業ほどPBRが低く、逆にCO2の排出量が少ない企業はPBRが高いという相関が出ていますから、やはり日本企業全体で考えれば、CO2の削減は企業価値の向上にとって重要であると言えます。エーザイもしっかりと責任を果たしてまいります。

渋澤  エーザイのPBRは約4倍ということで、プレミアムが乗っている状態です。これはエーザイの将来可能性、見えない価値の可視化が大きく貢献していると思うのですが、日本には逆にPBRが1倍を割り込んでいる企業がたくさんあります。もし柳さんがPBR1倍割れの企業のCEOやCFOになったら、どうしますか。

   財務戦略と非財務戦略があって、例えば、財務戦略ではバランスシートマネジメント、最適資本構成が出来ているのかどうかをチェックします。使いもしないキャッシュをたくさん貯め込んでいたら、当然のことですがPBRは1倍を割ります。これは必要な価値創造的な投資を賄ったうえで、財務の健全性を確保しつつ、自社株買いや増配などで株主還元を行えば、PBRは簡単に1倍を超えてくるでしょう。

もうひとつの非財務戦略としては、社員のモチベーションが上がっているかどうかをチェックします。社員全員にインタビューして、議論をする。そして政策を打ち出します。その会社に知的資本、人的資本、社会関係性資本があるならば、ESGやインパクトの定量化を行い、IRミーティングを通じて世界の投資家に開示し、理解してもらえるように説明して、たとえ完璧な解は無くても、できるだけ努力します。

お仲間からの質問

渋澤  ありがとうございました。今日はリアルで集まってもらっていますので、コモンズ30ファンドのお仲間から何か質問があればどうぞ。

お仲間  ソーシャルインパクトの支援を行っている者です。柳さんには見えない価値のどの部分を表現したいのかを少しお聞きしたいのと、渋澤さんには長期投資家として見たいのだけれども、まだ見切れていないところがあったら、それを教えて下さい。

   そのために、重回帰分析やインパクト会計含め、さまざまな試行錯誤を繰り返しているのですが、ESGの定量化については正直なところ、私自身も絶対的な解がありません。ですが、何か糸口を見出すための努力は必要です。日本人は曖昧な部分が多いのですが、やはり数値やロジック、エビデンスベースで説明しないと世界では受け入れられません。そのなかで何を一番に訴えたいのか、表現したいのかということですが、ひとことで申し上げると「企業理念」です。私は実証研究で、患者様第一主義による貢献が長期的にステークホルダーの価値になること、つまりパーパスである「エーザイの企業理念を証明したかった」のです。

渋澤  本当に知りたいのはミッションとパーパスのところですね。特にパーパスについては、なぜそれをしているのかを知りたい。なぜエーザイという会社で働いているのか、その「なぜ」があるから、そこに社員が集まっているわけで、ここは数値化できるものではありませんが、恐らく一番大事なことだと考えています。

お仲間  コモンズ投信はもう単なるESGだけでは括れないような運用会社になっていると思うのですが、次の時代、どういう方向に進むのでしょうか。

渋澤  これは今日、伊井(代表取締役社長)が来ていないので、私の一存では何とも言えないのですが、15年前にコモンズ投信の構想を立てていた時は、積立投資のファンドはほとんどありませんでしたし、社会起業家に注目している投資家もほとんどいませんでした。それが15年経って周りを見てみると、社会全体が同じ方向に進んでいます。それは悪いことではないのですが、私たちとしては特徴が無くなってしまうので、ちょっとした危機感を持ちつつ、これからどうするかを模索しているところです。期待していて下さい。

最後に、「エーザイ(E)、すごい(S)、がんばってる(G)!」を全員で(参加者の皆さんはマスクを着用されています)
(左から2人目)グローバルエコシステム推進本部白鳥さま、(左から3人目)IR部吉崎さまにもご参加いただき、参加者からの質問にお答えいただきました。

2021年10月13日に開催したオンラインイベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。

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