数多くの世界トップシェア製品を持つ信越化学工業株式会社。コモンズ投信が投資先企業の方をお招きしてお話を伺う「企業との対話」にお越しいただいたのは、同社理事で広報部長を務めていらっしゃる足立幸仁さんです。信越化学工業の強さの秘密はどこにあるのか。担当アナリストの弊社運用部アナリストの原嶋亮介と、代表取締役社長の伊井哲朗、そして取締役会長の渋澤健が迫ります。


強さの秘密を「見えない価値」の側面から考える

原嶋  今回の「企業との対話」は、株式投資をしている方なら誰もがご存じの会社、信越化学工業株式会社の理事で広報部長の足立幸仁さんにお越しいただきました。
信越化学工業は非常に強い財務力収益力を持つ会社ですが、その強さの秘密を「見えない価値」の側面から考えると、ポイントは3つあると思います。

第一が「やると決めたら徹底的に」です。今、5つの事業の柱を持っていますが、いずれも15%を超える利益率で、グローバルシェアも非常に高い。本気で取り組むことを決めた事業については勝ち切るまで徹底的に行います。

信越化学工業HPより

第二は「言い訳を許容しない」。外部に向けて公表した業績予想の数字は必達であり、そのためにマネジメントが社員に厳しく達成を求めるだけでなく、実はマネジメントも自分自身を厳しく律しています。

第三は「マーケットに対する深い洞察」で、自社、顧客、競合他社を徹底的に観察して、そこから新たな顧客ニーズやビジネスチャンスを把握しています。そして、新規事業のアイデアが生まれると、勝ち切るまで徹底的に遂行し、公表した業績予想を達成するために突き進む。このサイクルがうまく回っていることが、信越化学工業の強い事業ポートフォリオを形作っているという仮説を立てたのですが、実際のところはいかがですか。

足立さま  まず利益率とグローバルシェアの高さについてですが、私たちは新規事業に進出する際、非常に緻密な分析を行います。他社との競争で勝てない事業領域には踏み込みませんし、たとえ製品が後発だったとしても、世界トップシェアもしくはそれに準じるくらいに成長するものでなければ手掛けません。

その代わり、手掛けた事業領域については絶対、同業他社に負けるつもりはありませんし、やると決めた以上、簡単に撤退するようなこともしません。

そういう強い想いで事業に進出しますから、言い訳は一切できません。弊社代表取締役社長の斉藤は現在も、米国最大の塩化ビニルメーカーで、信越化学工業の100%子会社であるシンテック社の社長を務めています。信越化学工業グループにおける一事業部門の責任者で、他の事業本部長も同じように一事業部門の責任者です。皆それぞれ責任を持っており、各部門の業績を並べて比較されますから、社長の斉藤自身も常に言い訳が出来ない立場に身を置いています。

また、マーケットに対する深い洞察力ですが、これはまさにその通りで、その力を常に発揮できるようにするため、会議は全事業部長が全員集まって行われます。それによってマーケットの動向を共有できますし、議論も判断もその場で出来ます。つまり情報の壁を無くして、いち早くマーケットの変化を感じ取れるようにしています。それによって次のビジネスチャンスを狙えるようになりますし、新しい製品開発のヒントも生まれます。

弊社は今でこそ強固な財務基盤を築いていますが、かつてはお金が無くて投資する際にもだいぶ苦労しました。だからお金の使い方には極めて慎重です。言い換えればケチです。ここまでお金を使っていない会社も珍しいと思いますが、本当に必要と思われるものには惜しげなく資金を投入します。

そういうわけで、原嶋さんの仮説はある面で当社と整合していると言っても良いと思います。

左下 信越化学工業 足立さま

成長の軌跡

渋澤  米国にシンテック社を設立したのが1973年。塩化ビニルは大量の資本を投入すればシェアを拡大できる参入障壁の低いビジネスですが、すでに巨大な競合会社があったにも関わらず、そのマーケットに参入して16年後の1990年には生産能力が米国最大、さらに2001年には世界最大となり、かつ利益もしっかり稼ぎ出しています。後発組のシンテックがここまで成長できたのはなぜですか。

足立さま  シンテックは弊社の現会長である金川がファウンダーです。1973年に米国メーカーとの合弁事業として創業しましたが、1976年には弊社の100%子会社になりました。創業当時、米国内では13番目の塩ビ製造会社でしたが、米国内のシェア拡大だけでなく輸出も積極的に展開し、当時の競合他社に比べて輸出比率を高めました

それと共に、営業の人員は少なかったものの、金川が陣頭指揮を執って「フル生産、全量販売」という経営方針を掲げ、優れた品質の製品を安定供給し、優良顧客を開拓しました。これらが相まって、米国事業の拡大につながったと考えています。

伊井  少しカジュアルな質問になりますが、足立さんが信越化学工業に入社して現在に至るまでのところで、会社が大きく変わったと思うことは何ですか。

足立さま  入社した当時から塩化ビニルも半導体シリコンウエハーも良いポジションにあって、これからもっと伸びるだろうなという期待がありました。1970年代から1980年代にかけては若手社員だからといって分け隔てなく皆がどんどん提案をして、信越化学の発展に必要な種を探った時代でした。

1990年代に金川が代表取締役社長に就任し、塩化ビニル、半導体シリコンウエハー、シリコーンを三本柱として大きな飛躍を遂げました。

そして今は、この「三本柱」という言い方を社内でする人はほとんどいません。と申しますのも、4本目、5本目の柱が育ってきたからです。絶えず、次の時代に必要とされる製品は何かを探っている状態です。

それに加えて合理化の動きも大きく進みました。生産工程の効率性を高めて、どこまでコストダウンが可能なのかという取り組みです。これは今も続けられていて、生産工程の無駄が大分排除されたと思います。

グリーン成長戦略

渋澤  米国ではバイデン大統領のもと「グリーン革命」を打ち出し、日本では菅政権が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を表明しました。企業としては、「温暖化ガスの排出抑制」、「カーボンリサイクル」、「カーボンオフセット」の3点セットで、これに対応していく形になると思われます。御社の場合、温暖化ガスの排出量については「2025年までに1990年の排出量に対して45%減らす」ことを目標として打ち出していますが、どのような道筋でこれを達成していこうと考えていらっしゃいますか。

足立さま  45%削減するというのは、総量を削減するのではなく、一定量の生産物をつくる過程で排出する二酸化炭素の排出原単位を45%削減するという意味です。

メーカーはモノをつくってナンボの世界ですので、製品が売れてどんどん拡大戦略をとっている時は、どうしても二酸化炭素の排出量は増えます。逆に生産が落ち込んでいる時は、二酸化炭素の排出量も減りますので、総量でどれだけ削減するかというよりも、生産量に対する原単位をいかに下げるかという点に注力しています。

排出量をゼロにするのは難しいと思います。でも、ゼロに近づける努力はしていく。そのためには生産効率を出来るだけ高めて、原単位と総量の両方を減らしていくという流れで対応してまいります。

それと共に、現状においてはまだどうしても化石エネルギーを使用せざるを得ないので、それを前提にして二酸化炭素の排出を出来るだけ緩和する手助けが出来ないかどうかを考えています。具体的に効果のある新商品を出せるところまでは行きついていないのですが、既存商品のなかで省エネや代替エネルギーに少しでもつながるものがあれば、それを提供していきたいと思います。

”持続的な成長”にこだわり続ける

原嶋  御社は2020年3月期まで3期連続で最高益を更新しており、何年にもわたって長期的に増益を続けています。これだけ増益を続けられるポイントは何でしょうか。

足立さま  それぞれの事業部門が毎年、増収増益を達成しようという強い使命感とモチベーションを持って日ごろの仕事をしていることも、もちろん理由のひとつですが、やはりさまざまな製品を持っていることが大きいかと思います。

具体的には世界1位のシェアを持つ塩化ビニルやシリコンウエハー、レア・アースマグネット、世界4位で国内1位のシェアを持つシリコーン、世界2位のシェアを持つセルロースといったものですが、これらが全部同時に、不況の影響で売上が大きく落ち込むことはありません。何かの業績が落ち込めば、他の業績がその落ち込み分をカバーするような事業ポートフォリオを構築しています。

昨年10月に発表させていただいた2021年3月期の業績見通しは、営業利益ベースで3770億円ですから、2020年3月実績の4060億4100万円から見て減益予想となりました。減益予想は久々ですが、だからといってまだ諦めたわけではありません。とにかく今は足元で出来ることに一所懸命取り組み、少しでも利益を積み上げられるようにしたいと思います。

伊井  現在、コロナ禍で世界的に経済の流れが停滞しています。前回、世界的な不況といえば2008年のリーマンショックが思い起こされますが、特に経営面において今回、リーマンショックの時の対応などが教訓として活かされているところはありますか。

足立さま  リーマンショックの時は、塩化ビニルだけでなく半導体シリコンウエハーも、シリコーンも、とにかくすべての製品が大きく落ち込みました。今も新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界的に経済活動が停滞していますが、リーマンショックに比べて決定的に違うことがあります。それは、すべての事業領域がダメだということではなく、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐのに必要とされる製品もあるということです。したがって投資の順番も変えたうえで、そこに注力するということが今回は出来ています。確かに新型コロナウイルスの問題は想定外でしたが、これによってシュリンクしている製品があれば、そこに配分していた経営資源などを、コロナ禍で求められる製品に振り向けることによって、この難局を乗り切れると考えています。


2020年12月15日に開催したオンラインイベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。

 

最新情報をチェックしよう!