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シニアアナリスト/ESGリーダー 原嶋亮介

ザ・2020ビジョンの月次レポートのコラム「未来予想図」から、そのテーマについてもう一段深く掘り下げてアナリストに教えてもらう当コラム。今回は原嶋さんがプレゼン調であれこれ紹介してくれました。

 

(話し手:原嶋亮介-シニアアナリスト)

運用部で日経アワードの審査という統合報告書を評価する仕事があるのですが、今回は参加企業も大幅に増えて、コモンズ投信では80社を見ました。私はコモンズの投資先企業ではないところも含めて26社の統合報告書を見ました。そんなにたくさんの統合報告書を見ることも稀ですしせっかくなので印象に残ったものの紹介と、気が付いたところ、考え方についてまとめたいと思いました。

2022/4/1の日本経済新聞の紙面

これは私がESGリーダーになったときに出したメッセージの背景にあった出来事です。これは宇部興産(現UBE)がセメント事業を切り出して三菱マテリアルと合併して新会社を設立します、という広告です。

宇部興産はセメントのCO2の排出量でESG評価が低くなっていました。この合併で連結を外れることになりこの事業の分のCO2排出量がカウントされなくなるのでESG評価が上がる、というストーリーなのですが、でも「これってなんか違うよね?!」というのが私の意見です。

勘違いしていただきたくないのは、これは宇部興産の経営判断を非難するものではなく、そういった経営判断に至った背景にある、投資家側のESG評価の課題を指摘したいものだ、ということです。

セメントというのは生成するときに色々な廃棄物を練りこんで作るのですが、そういう廃棄物処理の観点ではサーキュラーエコノミーにしっかり貢献しているという側面もあるのですが、こうしたことがうまく評価できないのはESG評価軸の限界だと思っています。

インパクトを含めたESGの視点では廃棄物処理まで含めて考えたいと思っています。

 

さて、統合報告書に話を戻すと、総評として2点とても気になるところがあって、それが以下です。

・社長のメッセージは社長の個性を出してほしい

・非財務のKPIはもっと会社の特長を反映したものであってほしい

いくつか印象に残るものを紹介していきます。

出典:アバント資料

これはアバントという会社の統合報告書で、実は個人的にはこの会社が一番印象的で読んでいて面白かったです。

社長メッセージのページがあり、その次のページから漫画が始まる。社長がなぜ会社を興すことにしたのか文章ではなく漫画で表現してあるという、とても斬新なものでした。

出典:アバント資料

実際、多くの統合報告書の社長メッセージは、IRが書いたようなものも多いです。しかし、こういう漫画はIR部署で代筆ではできないですし、社長の想いを込めているいい事例だと思います。

 

出典:伊藤忠商事 資料
出典:伊藤忠商事 資料

次は、伊藤忠商事の岡藤会長のトップメッセージです。物事のたとえに、ゴルフ、野球、阪神の佐藤輝明選手、と、IRが作文したのでは出てこないような言い回しで、関西の人らしい社長の個性が存分に出ています。

社長の個性が見える内容だからアワードの評価が上がるわけではないですが、その方が確実に読み手の印象に残ります

 

次に非財務KPIについてです。

ザ・2020ビジョンの月次レポートの未来予想図というコラムの中では「離職率は低ければいいのか?」というスタンスで言及しましたが、イメージしていたのはリクルートHDです。同社は新卒で入ってそのまま定年退職する人が数えるほどしかいないという会社ですが、もともと将来起業を希望する人が自分を磨く場として会社を位置付けています。

 

出典:リクルートHD 資料

 

グループ全体で2020年度は離職率13%、2018年では18%でした。しかし、リクルートHDは独立・起業を奨励していて、起業するために退職する人には「おめでとう」といって送り出す企業文化の会社ですから、離職率が下がることは、逆にそうした起業家精神が失われてはいないかと不安を覚えることにつながります

そうしたことを考えると、リクルートHDにおいて離職率という非財務KPIの解釈は非常に難しいです。

 

出典:三井化学 資料

次はダイバーシティについて注目していきます。

出典:三井化学 資料

三井化学は執行役員の多様性を表現するのにこの写真を使っていました。左から、「女性」と「外国人」はわかりやすいと思いますが、問題は一番右側の男性です。この男性のどこが多様かというと、中途採用で生え抜きではないのです。多様性のところは女性や外国人で語られることが多いですが、たとえばDXに取り組もうとしても、DX・ITに特化した人材が社内にいないという場合があります。その場合、社外から人材を確保するのは当然と言えば当然ですが、これをダイバーシティとしてアピールしているところがポイントだと思いました。

多様性というと、どうしても女性比率、外国人比率、といったわかりやすい指標で語られがちですが、その本質はどれだけ多様な価値観、経験をもった方が社内にいるか、ということだと考えるからです。

 

その観点では、ザ・2020ビジョンで投資している東洋合成工業もユニークです。

写真を見ただけではわからないのですが、実はボードメンバーの経歴をみるとプロパー社員がひとりもいません。

出典:東洋合成 資料

 

東洋合成工業という会社はオーナー企業で、現社長のお父さんが創業、今は二代目という会社です。現社長も若いころはNECで修行していますし、他も先代が代替わりを見据えて招聘してこられた方を含め、経歴は様々です。それぞれの経歴をみると、工場、エンジニア、管理畑と、ボードマトリクスとして強靭な構成になっています。社長も非常に若いです。こういう多様性は既存のESGの横並びのレーティングでは評価しにくいのですが、我々の投資対象として評価するところではちゃんと見ていきたいです。

 

ユニークなKPI設定をしているところとして小林製薬を紹介したいと思います。

出典:小林製薬 資料

小林製薬は花王のようなガリバーと正面からバッティングするような商品には進出せずに、数は多くないがそこで圧倒的なシェアを取っていくという戦略「小さな池の大きな魚戦略」をとっています。

あったらいいな開発というのも独自の価値創造プロセスなのですが、とてもシンプルではありますが、彼らがやりたいビジネスをよく表現していると思いました。

目指すKPIはこちら<新製品寄与率>です。

出典:小林製薬

 

あったらいいなと思うアイデアをうみだす「アイデア提案制度」というのがあって、社員が毎月1件、提案を出さなければならないので大変です。新入社員は毎日1件出すように言われるそうです。想像するだけでもクラクラしますが、実際に毎日出せる社員がいるそうです。そういうアンテナが立った状態を維持できる社員を新製品開発の部門に配置することで、新製品を次々と生み出していくことを目指しています。では、この「新製品寄与率」という基準について、他の会社と比べて意味があるかというと、たぶんないです。なぜなら戦略が違うからです。ですから、同業他社と比較してどうかという話には全くならない。でも、小林製薬という会社を単体で評価するときには必ずここを見る必要があると思います。なので、今、この会社で、グラフに示すように新製品寄与率が下がっていることは見逃してはなりません。会社として打ち手となる施策をして、この指標が上がってくるようであれば評価すべきです。

 

出典:アルベルト 資料

続いてアルベルトというAIを用いたデータサイエンスの会社の決算説明資料です。非財務KPIとして、データサイエンティストの稼働率を重要視しています。業務時間の20-25%を非稼働(技術研鑽、ノウハウ共有、自分の好きなことに充てること)を約束しています。

通常、エンジニアの稼働率は高ければ高いほどいいと思いがちですが、この会社の場合は、基準である20-25%を超えるのはよくないとしています。

データサイエンティスト採用時点でこの稼働率を約束したうえで、高度な専門知識を持った人材を獲得しているという背景があるからです。なんでも一概に稼働率が高いからよい、低いから悪いということではないということです。経営の戦略として、人材獲得の方法として、個性的なKPIといえます。

ESG評価は企業を横に並べて比較するものですから、レーティング項目が指定されています。逆にそうしないと比較できません。そのように投資家側が望んで企業側がそれに応えてきた経緯があります。しかし、非財務KPIは会社の在り様にも直結する項目なので、もっと会社によって違うと思いますし、投資家側がその企業の独自のKPIを解読する目を養う必要があると思います。
アワードは10点とか8点とか点数つけて横比較するわけです。それでは評価しきれない会社の個性が必ずあるのですが、そうした個性は今の基準では評価できないし、評価されません。
そういったことも認識されつつあり、今後見直される大きな流れのなかにあるのではと思います。我々もそういう視点を忘れずに企業を見ていかなければならないと思います。

結局アワードを取ることと企業の価値にはどんな関係があるかと考えましたが、実際は、残念ながらあまり関係ないです。笑
もちろんIRや開示姿勢がよいということですし、もともとこの手の資料をアワードに出すのはエクセレントカンパニーが多いのも事実です。

私はというと、せっかく26社も見たので投資先企業に対しては統合報告書のアドバイスをしています。それは、そうすることにより開示が充実し、結果として投資家層の裾野が広がることで、株価も上昇することを期待しているからです。個人投資家の皆さんも、機会があれば、企業の統合報告書を読んでみてください。

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