渋澤健です。

新型コロナウイルスの感染が世界で広がり、人が国境を超えることの制限、国内でも集まることの制限、等々で世界の景気が停滞していることは明らかです。厳しい側面に陥っている業種や会社が多く、早期に正常に戻れることを強く祈願しています。

そして、そもそも世界の経済成長が調整基調のところ、先の成長への期待で高値圏で推移していた株式市場の楽観的ムードは吹っ飛び、動揺が広がっています。

そんな暗いムードの中、何か明るいトピックないかなと考えてみました。ある意味で異常な非日常的な状態であるからこそ、考えられることは何か。

ひとつ。家族と過ごす時間が増えました。週末の出張、夜の予定などの多くがキャンセルなって予定が空いたのです。子どもたちも休校になり遊びの約束もキャンセルになっています。家族と一緒に食事する、一緒にビデオを見るなど、今まで出来ていなかったことが出来ている。これは、なかなか良いです。貴重な時間を与えてくれていると、ある意味で感謝しています。

ふたつ。働き方が変わっています。コモンズ投信は大企業と違って全員が在宅勤務できるような体制を取れていませんが、フレックス体制で朝会が廃止になって、日中に開催するようになりました。それが、特に業務の支障になっているとは思いません。そもそも、なぜ朝会の時間に合わせるために「痛勤」の激混みに合わせなければならないのか。今までの「当たり前」「慣習」を見直す好機会です。新型コロナウイルスの「おかげ」で、日本社会の働き方改革が本質的に一段と高まる可能性があると思います。

そして、これは大事なことだと思いますが、今までは「効率性」を高めることで「生産性」を高めるという常識がありました。が、それは「時間や空間の密度を高めること」なので、ウイルスなどには感染しやすくなるということです。

すべて、効率性を高めることが、必ずしも「合理的」ではないという気づきです。

自然界には必ず、無駄や矛盾が組み込まれています。なぜなら、その方がショックに強いから。自然界は、そのようなメッセージをウイルスを通じて人類へ送っているのではないかと思います。

渋沢栄一は『論語と算盤』で「大丈夫の試金石」で、こんなことを言っています。

「自然的逆境に立った場合は、第一にその場合に自己の本分であると覚悟するが唯一の策であろうと思う。足るを知りて分を守り、これはいかに焦慮すればとて、天命であるから仕方ないとあきらめるならば、いかに処し難き逆境にいても、心は平かなるに違いない。」

ただ、

「人為的の逆境に陥った場合はいかにすべきかというに、<中略>自分からこうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである。」

これをコモンズ的に表現すれば「未来を信じる力」を持とう!ということですね。

株式市場の逆境は、自然的なのか。それとも人為的なのか。ここには議論の余地がありそうです。ただ、逆境には、自然的なものと人為的なものがあり、その対処の心構えが異なるということは面白いです。

追記:ちなみに写真は香川県三豊市の父母ヶ浜です。非日常的なほっとする空間・時間は大切ですね。

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