TSMC(台湾の半導体受託製造最大手企業)の新工場が日本の熊本にやってきます。ザ・2020ビジョン運用レポートの同コラムの解説と半導体業界の動向について末山さんに質問しました。
解説 運用部シニアアナリスト 末山 仁
聞き手 マーケティング部 横山 玲子
― TSMC(台湾の半導体受託製造最大手企業)が約1兆円を投じて量産拠点をつくり、2024年末には初出荷する計画で、熊本が大変な盛り上がりとのこと。TSMCとはどれくらいすごい企業なのですか?
最先端の半導体を生産しているグローバル企業の中で最も強いところがTSMCです。もともと強かったインテルは、微細化でTSMCに追い越され、今では2~3年遅れている言われています。iPhoneの半導体の多くはTSMCが生産しています。TSMC一強となり、各国が経済安保の観点から工場を誘致したいという状況です。自国の半導体調達を安定させたいことや、台湾の地政学的リスクが懸念されています。台湾が中国に取り込まれるような事態が起きると、世界中で半導体調達に関して大混乱に陥りかねません。そのTSMCが日本に来るということで歓迎されています。
― ソニーとの合弁会社を設立して新工場を熊本につくる、ということなのですね。
ソニーはCMOSイメージセンサーというスマートフォンカメラの画像センサーのグローバルトップ企業ですが、これにTSMCが製造する「ロジック」という半導体を重ね合わせて使っています。ソニーはこの「ロジック」を安定調達したいとの思惑もあり、デンソーと共にTSMCと合弁会社を設立しました。新工場はソニーの半導体工場のすぐ隣に位置しますので低コストかつ安定調達が可能になります。ちなみにTSMCは熊本工場とは別の目的で2022年6月に筑波に研究開発施設を設立しています。
― TSMCは最先端の技術力で微細化に対応…などと言われていますが、具体的にはどういう事ですか?
線幅を細くし、かつ狭い間隔にすれば、処理の高速化や高機能化、省電力化、省スペース化に寄与し、チップサイズを小型化できることからコストダウンにつながるなど多くのメリットがあります。10年前の技術では線幅が20~30nm(ナノメートル)程度でしたが、実用化されている中では3nmが最先端と言われていて、TSMCやサムスンにしか製造できません。
最先端への投資は数千億円から数兆円規模と高額になりますが、レガシー品と言われる22~28nmなどの半導体は、すでに研究開発投資などの回収が終わっているケースが多く低コストで安価に生産できます。
国内での半導体需要を考えると、スマートフォンやパソコンの需要は多くなく、また、自動車、産業機器など必ずしも、より小さいチップにこだわる必要がなく、かつ安価に調達が可能なレガシー品が好まれています。
― 熊本にできるのは最先端の工場ではないと聞いていましたが、そういう事なのですね!
国内で最先端の工場を立ち上げても、アップルやインテルのように最先端のチップを大量に必要とする企業が日本には多くないんですよ。最先端半導体の用途の多くは、スマートフォン、パソコン、データセンターなどになります。
― TSMCは最先端の半導体を製造していて微細化できる技術力がTSMCの強みとのことですが、製造装置は他社から購入しているのですよね、製造装置メーカーである東京エレクトロン(TEL)などの技術力によるところが大きいのではないでしょうか?
TSMCなどの半導体メーカーは、次世代半導体について、TELなど装置メーカーと共同で数年かけて開発しています。装置の製造能力はもちろん装置メーカーの技術ですが、生産に必要な各種製造装置のコーディネートの能力や量産のノウハウなどは、装置メーカーにはありません。装置メーカーは顧客のニーズに忠実に応える技術力が必要になります。
― なるほど…。あらためて半導体の製造工程を教えてください。
半導体の製造工程は大きく前工程と後工程に分けられます。大まかにいうと前工程はシリコンウエハ (半導体のもととなる薄い円盤) への回路を形成する工程で、後工程はウエハからのチップの切り出しや検査をする工程です。前工程と後工程は別々の企業が担当していることが多いです。 TSMCは前工程の担当です。アップルやインテル、AMD、クアルコムなどの半導体メーカーが TSMCなどのファウンドリと呼ばれる半導体チップの製造を専門に行う企業に生産の一部あるいは全てを委託します。例えばアップルは工場を持たないファブレス企業なので、前工程はTSMCに、後工程はいわゆるOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test=半導体後工程の組み立てとテストを請け負う企業のこと)と呼ばれる後工程受託メーカーなどに委託しています。
コモンズ30ファンドで投資しているディスコは後工程のOASTなどに装置を販売しています。日本は歴史的な経緯もあり前工程、後工程ともに強い製造装置メーカーが多いので、TSMCの日本進出にはメリットがあると言えます。
― 日本が両工程とも強いのはなぜですか?
日本はシリコンウエハなどの素材や、製造装置に使う化学系の薬品などが強いこともありますが、もともと日本には半導体メーカーが多くあって、1990年代ぐらいまでは世界でも隆盛を誇っていました。その後、多額の設備投資の負担や海外メーカーの台頭などから徐々に縮小、撤退、統合していき規模、社数ともに減少していきました。その中でも東芝は大手半導体メーカーとして唯一生き残り、現在はキオクシアという社名で半導体専業メーカーになっています。半導体製造に必要となる素材メーカーや装置メーカーがそのまま日本で生き残りました。国内の有力メーカーとしては前工程では、東京エレクトロン、スクリーン、後工程ではディスコ、アドバンテスト、東京精密などがあげられます。
― もともと日本の企業が半導体で強かったのはなぜですか?
1970年代に当時の通産省主導で官民によるプロジェクトが立ち上がり富士通、日立、NEC、三菱電機、東芝による共同研究で半導体の製造設備の国産化に取組み、1980年代初めには、国内半導体メーカーの使用する製造装置の70%以上が国産化されるまでになりました。それらの製造装置を使って、各社が半導体を生産しました。
また、それとは別に、東芝が1984年に当時としては新しいタイプの半導体メモリとしてフラッシュメモリを発明し、世界で初めて実用化に成功したことも大きかったと思います 。
― 海外メーカーの技術が追いつき、競争力が低下して衰退がはじまったということですか。
韓国・台湾が力を付けました。今では中国も補助金を武器に追い上げています。
韓国で有力な半導体メーカーは、サムスン電子、SKハイニックスですね。サムスン電子は自社生産のスマートフォンに自社生産の半導体を使っています。台湾は受託製造が中心になります。
― 新工場の待遇に熊本の企業は戦々恐々としているというニュースを見ました。どういうことなのですか?
合弁会社はすでに動き始めています。半導体人材の採用競争が深刻化しているので人材獲得がかなり重要なポイントになっています。TSMC熊本工場では1200人を新規採用する計画です。新卒の給与水準は学卒で初任給28万円、修士で32万円、博士で36万円です。グローバルではそれでも十分に高い水準とは言えないと思いますが。
― これからの半導体はどうなっていくのでしょうか?
政府では、「もう一度、半導体産業を復活させよう」という機運が出てきています。技術開発力の面ではまだ完全に敗退したわけではありませんので、高額な投資負担の問題さえクリアすれば復活の芽はまだあると思います。あとは産官学でどれだけ本腰を入れていくかにかかっていると思います。熊本工場の投資規模は一兆円レベルですが、最先端の量産工場ともなるとそれでは足りないレベルの投資が必要です。研究開発を含めた投資負担が膨大になるので国からの支援が必須です。アメリカ、中国、欧州ともに、日本とはケタ違いの国からの補助金が用意されています。
― 5Gの時もそういう話がありましたよね。
そうですね、最先端技術への投資には大きな金額が必要になりますが、政府の本気度が問われていると思います。
― 日本の財源不足が理由ですか?
ない袖は振れないという面が大きいのかもしれません。
― とはいえ、いまどきは何を作るにも半導体が必要ですよね。
仮に半導体が調達できなくなる事態になった場合、さまざまな機能がまひ状態になりかねません。
― 素朴な疑問ですが、半導体に置き換わるような新技術はないのでしょうか?
半導体の次の技術として期待されているのが量子コンピューターです。ただし実用化の時期はかなり未知数です。これについても日本政府は力を入れていくとの見解を示していますが、やはり民間だけでは限界があるので、政府の支援が必要になってきます。日本は技術的にはかなり進んでいるので、まだチャンスはありそうです。この分野でも米中が抜きんでていて、その次に日本という構図に変わりはありません。
(*投稿した8/25現在、すでに富士通・理研の実用化についてのニュースが出ておりますが、プロトタイプ的な物なので本格的実用化の時期がまだまだ不透明であることには変わりません)
― これまでの産業の歴史をみても最初に日本が先行し、その後に中国・韓国に追い抜かれるパターンがありますよね。今回、新工場誘致で歯止めがかかったと言っていますが、この流れは続きますか?
半導体製造で韓国や台湾に追いつくのはかなり難しいと思います。今回の件は、TSMC、ソニーグループ、デンソー、日本政府など関係者の思惑が一致したことが大きいと思います。一方で、最先端の半導体技術を国内で研究している研究者がいます。その技術が素晴らしく、かつ実用化が可能なのであれば、そこに一気に投資することで失地を一部でも回復する、ということも可能性としてはあると思います。以前に話をしたスーパーコンピューターなどは、しっかりと予算を組んで産官学でスクラムを組み世界トップに返り咲くことができましたから。
― 今後、自動運転が広がってきたら、日本の産業に最先端の半導体も必要になってくる気がします。日本に半導体が戻ってくるのが楽しみですね。
ありがとうございました。