政府は6月6日、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案」を公表した。新しい資本主義は、官民連携による社会課題の解決によって新たな市場の創造と成長が実現し、その果実が国民に広く還元され、成長と分配の好循環を実現することが基本的な考え方だ。この考え方に沿って改訂版案では、転職しやすい労働市場の実現やスタートアップの支援に重点を置く内容となった。

 企業が中長期の戦略を考える上でも重要になる「新しい資本主義」の実行計画の改訂版案をどう読み解けばいいのか。政府の新しい資本主義実現会議の有識者構成員でシブサワ・アンド・カンパニー代表取締役の渋澤健氏に聞いた。

政府が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案」を公表しました。渋澤さんも新しい資本主義実現会議の有識者構成員として策定に携わった立場ですが、2023改訂版案は何がポイントでしょうか。

渋澤健氏(以下、渋澤氏):そもそもの話ではありますが、「新しい資本主義」は、今の時代に大事なことを提案していると私は思っています。ただ、このメッセージが2021年に当初出たときには「分配政策」と受け取られて、やや残念だった面もあります。その後、政府は「これは成長戦略です。成長と分配の好循環です」と発信し、ある程度認知が広まってきました。

渋澤健(しぶさわ・けん)氏
渋澤健(しぶさわ・けん)氏
1961年神奈川県生まれ。83年テキサス大学化学工学部卒業。87年UCLA大学大学院にてMBA(経営学修士)を取得。複数の米系投資銀行で外債、為替、株式などのマーケット業務に携わり、96年に米大手ヘッジファンドに入社。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニーを創業。07年にコモンズを創設、08年にコモンズ投信へ改名し、会長に就任。経済同友会幹事およびアフリカ開発支援戦略PT副委員長、社会保障委員会の副委員長、岸田政権の「新しい資本主義実現会議」など政府系委員会の委員、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Group委員、東京大学総長室アドバイザー、成蹊大学客員教授などを務める。著書多数

 とはいえ、成長と分配の好循環も経済としては当たり前で、新しくはありません。今までの資本主義ではいろいろな目詰まりがあるので、それを取り除きましょうという意味では大事なことで、評価はできると思いますが、新しいものはあまりありませんでした。特に当初の議論ですと国内目線だけでした。もちろん国内だけで循環させることはとても大切です。しかし、人口のこれからの長期的なトレンドを見ると国内が小さくなることは明らかで、いくら好循環をつくり出しても限られています。

 日本の新しい時代を考えたときに、グローバルの観点の好循環がないと駄目だと思っていました。今年は主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国だったこともあり、これまでと比べるとその点はしっかりと書かれていると思います。

 もう1つは「外部不経済を資本主義に取り込む」というメッセージがはっきりと打ち出された点です。これは当初から岸田首相が打ち出していたメッセージではあるのですが、より明確になったと思います。「外部不経済」というと少し難しい言葉のように思うかもしませんが、環境の問題とか社会の格差といったESGのEとSの部分です。

 資本主義が取り残したことを否定するのではなく、資本主義に取り込みましょうというこのメッセージが私は非常に大切だと思っています。新しい資本主義はインクルーシブ(包摂的)な資本主義であると私は考えています。改訂版案では(経済的成長と社会課題解決の両立を目指す)インパクトスタートアップに対する支援策の項目もあります。インパクト投資についての日本の存在感はこの1年間でかなり広まりました。私自身は新しい資本主義の手段はここだと思っています。

人に投資をして社会的課題を解決し、成長するという考え方がよりはっきり打ち出されたように感じます。

渋澤氏:「外部不経済を資本主義に取り込む」を言い換えると、人を中心にしているということだと思います。以前は、賃金を上げるためには労働市場の流動性を高めなければという意見があると、それは分かるが難しいという話になっていました。

 しかし、昨年の秋ごろからトーンが変わり、「リスキリングによる能力向上支援」「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」「成長分野への労働移動の円滑化」という三位一体の労働市場改革の指針が打ち出されるまでになったことは評価できる点です。

これからこの計画を実行していくに当たり、どういった点が重要になってきますか。

渋澤氏:労働市場の改革で言えば、シームレスな労働移動の円滑化がどこまで制度に落とし込めるか、さらに制度だけではなく、企業の労働の慣習に落とし込めるかが重要です。また同一労働同一賃金の考え方は外国人にも適用されると明示されていることも大きい。

やはり明治維新で渋沢栄一がつくった日本の資本主義を大きく変える機会ということでしょうか。

渋澤氏:そうですね。資本主義はもちろん課題がありますが、課題を解決して新しい環境に適応できます。新しい時代に合わせるといったことはやはり資本主義でないとできないと思います。

あとは企業が変われるかどうかでしょうか。

渋澤氏:変わらない企業は淘汰というかフェードアウトしてしまうのだと思います。

「人的資本の情報開示」、まずできるところから

2023年3月期の決算から人への投資などを開示することになっていますが、どう開示するのかで行き詰まっているという企業の話も聞きます。

渋澤氏:マニュアルやガイドラインがないとできませんというのは非常に「サラリーマン」的です。日本ではすぐに「How」に行きがちですが、根本としてなぜそれが必要なのか、という議論が浅い気がします。ただ、「どうすればいいんですか」という声が上がってきているということは、以前はそんなことを考えていなかった人たちがどうすればいいか考えているということでもあるので、方向性としてはポジティブです。

 そもそも企業の価値はこれですと言い切るのであればそれでいい。単純に株価×株数でいいわけです。それに対して企業の多くの方は「それだけではないです。こういう価値をつくっています」と言うわけです。であれば、それを見せてくださいということだと思います。

 ただ、今はまだ社会課題市場や環境課題市場があるわけではないので、市場の数字を見て「はい、これが価値です」と言い切れない。だから企業は「自分たちはこういうところに価値があると思っていて、こういう目標を設定し、このように測定していますが、いかがでしょうか」と資本市場に出していかないといけません。

 日本人は真面目なので、できるかできないかをすぐに判断しようとしますが、すべての課題が数値化できるかというとそうではありません。ですから、すべてができるわけではないけれども、できるところからやっていきましょうということです。

日本企業の場合、渋澤さんが言うように「How」が整理されるまで待って、結果的に出遅れてしまっている印象になっています。

渋澤氏:もう本当にそうなんですよ。人を大切にすることは日本企業がずっとやってきたことです。日本企業はもったいなすぎます。日本には大きな伸びしろがあると私は思っています。

 日経クロステック/ITイノベーターズと日経ESG経営フォーラムは6月22日、23日、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やSX(サステナブル・トランスフォーメーション=社会課題解決事業への転換)、GX(グリーン・トランスフォーメーション)を進め、企業のさらなる革新につなげる具体策を議論する「SX/DX/GX Summit」を開催します。本イベントには渋澤健氏も登壇を予定しています。下記の専用サイトからぜひお申し込みください。

■日程:6月22日(木)10:00-16:15、6月23日(金)10:00-15:30
■開催形式:オンライン開催
■主催:日経クロステック/ITイノベーターズ、日経ESG経営フォーラム
■協力:日経BP 総合研究所、日経ESG、日経ビジネス、日経コンピュータ
■協賛:アマゾン ウェブ サービス ジャパン、電通グループ、野村総合研究所、 PwC Japanグループ、セールスフォース・ジャパン、ServiceNow Japan(ABC順)
■受講料:無料(事前登録制)※視聴数には上限がございます。お早めにご登録ください。

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