多文化共生と不遇感。時代に合わせて変化を続ける瀬戸少年院の挑戦。~瀬戸少年院スタディツアー~

コモンズ投信では、社会起業家フォーラムなどのイベントを通して、社会課題やその現場を知ること、伝えることを大切にしています。
意志あるお金の循環をより力強いものにしていくため、体験をお伝えすることも大切なことだと考えています。より多くのお仲間の皆さまと、時間や場を共有できればいいなと思います。

2026年2月25日、認定NPO法人育て上げネットの工藤さんからお誘いを受け、愛知県瀬戸市にある瀬戸少年院のスタディツアーに参加しました。
工藤さんは第4回コモンズ社会起業家フォーラムの登壇者であり、コモンズ投信との繋がりを大切にしてくださっている方のひとりです。

■ 少年院という場

さて、少年院と聞くと、皆さまはどのような印象をお持ちでしょうか。
少年院は少年非行の「今」と、彼らが社会に復帰するための最前線の現場です。
そこで見聞きしたものは、ニュースの向こう側の出来事ではなく、社会の歪みを映し出す鏡のような現実でした。

日本の少年事件において、1年間に保護処分を受ける少年は年間約13,000人にのぼり、そのうち約2,000人が少年院へ送致されます。瀬戸少年院は定員122名に対し、スタディツアー参加時点での在院者は116名(収容率95%)という状況でした。

そもそも少年院は刑務所とは異なり、懲役や罰則ではなく、非行に走った背景にある問題を抱える少年たちに対し、集団生活を通じて社会に戻るための指導が行われる教育の「場」なのです。

■ 変化する非行の質

長らく減少傾向にあった在院者数ですが、2024年に入り増加に転じています。
特に「N3」層と呼ばれる、知的能力の制約や対人関係の持ち方の稚拙さなどから、特別な配慮や支援を要する少年たちが顕著に増加しているという現実があります。

少年たちの背景にある「非行の質」も変化しています。
かつて多かった覚醒剤に関する事犯は減少したものの、代わりに大麻事犯が増え、若年層の間で蔓延しているそうです。
また、特殊詐欺の「受け子」や「出し子」として、犯罪インフラの末端として使い捨てられる少年も後を絶たないという厳しい現状を伺いました。

彼ら、とりわけ「N3」層の少年たちに共通して見られるのは、コミュニケーションスキルの決定的な不足と、強い「不遇感」だそうです。

「自分は運が悪かった」
「社会から見捨てられている」

そんな思いを抱え、健全な余暇の過ごし方すら知らずに育ってきた少年たち。
彼らに必要なのは、単なる懲罰ではなく「私生活を再構築する力」を育むことなのだと、現場の切実な声として受け止めました。

■ グレープフルーツの木が教える可能性

スタディツアーの中で、特にわたしの心を打ったエピソードがあります。
それは、施設内の庭にあった一本のグレープフルーツの木のお話です。

ある少年が、自分が食べたグレープフルーツの種に関心を持ち、教官と相談して土に埋めたところ、見事に発芽したそうです。グレープフルーツの木は大きく成長し、昨年実を付け、今年はついに、私たちが訪問する前日に初めての収穫が行われました。

彼が何気なく疑問に思い、土に埋めた小さな種が時間をかけて育ち、立派な実を結ぶ。
その生命力あふれる姿は、ここで過ごす少年たちが内面に秘めている「可能性」や、これから芽吹こうとしている「立ち直りの力」そのもののようにわたしの目に映りました。

種を植えたあの少年は、今どこで何をしているのでしょうか。

■ 時代にあわせた教育プログラムの挑戦

さて、大正時代に設立された瀬戸少年院が掲げる理念は、設立当初から続く「人格陶冶(じんかくとうや)」です。これは、生まれ持った性質や才能を円満に育て上げ、正しい生き方や人間性を磨き上げることを意味します。

“Straf is mijn handt, maar lieflijck mijn gemoedt” (罰する手には厳しさを、しかし心には愛を)という、近代の少年矯正の起源とされるオランダの古い言葉が示す精神が、現場にしっかりと息づいているのを感じました。

その理念を体現するように、独自の取り組みも進められています。
たとえば、女性法務教官が配属されるようになってから、新たな取り組みとして「ハーバリウム」制作が導入されました。ここでは、企画から生産・販売まで「仕事の全体像」を経験させることを大切にしており、彼らの取り組む姿勢そのものを変えていく指導が行われているそうです。

また、7年前に創設された「多文化共生プログラム」もあります。
このプログラムは、単なる知識の学習ではありません。自分の生い立ちや傷つけられた経験、そして他者を傷つけてしまった経験にまで向き合い、文化による『ちがい』を拒絶せずに、どのように乗り越えていくのかを、ロールプレイを通じて泥臭く模索します。

それはまさに、彼らが社会の中で『生身のコミュニケーション』をやり直すための切実な訓練の場です。もちろん瀬戸という土地柄、伝統的なプログラムとして陶芸を通じた指導も脈々と続いています。

■ 問われているのは社会の受け皿

対話の時間に、ある法務教官が「あくまでも個人の立場で」と前置きしたうえで、少年院の立ち位置を自動車教習所に例えて話をしてくれました。

「自動車教習所は、安全に路上を走れるようにするための最低限のルールを学び、免許を取得するための場所であり、A級ライセンスを取るひとを育てる場所ではない。」

とても腑に落ちる例えで、わたし自身が運転免許を取った頃のことを思い出しました。
一方で、現場には重い課題が横たわっているとのお話もありました。

少年たちが院内で過ごす期間は、平均してわずか「11ヶ月」。
この期間は、彼らが抱える深い傷を癒やし、生き直しの土台を作るには短すぎる、「最低限の時間でしかない」とのことです。

だからこそ、問われるのは「社会側の受け皿」なのだとわたしは強く実感しました。
11ヶ月の教育を経て社会に出た後、帰る環境が整っていなければ、彼らは再び元のサイクルに引き戻されてしまう可能性が高くなります。

スタディツアーの中で、退院した少年たちが少年院に「ふらっとやって来る」というお話がありました。そして、来訪ののちに、再び非行に走ってしまうケースも少なくないということでした。

彼らの心の変化やSOSが、彼らを思い出の場所に引き戻すのでしょうか。
彼らにとって少年院が、自己肯定感を回復できる数少ない安全な場所であり、その頃の思い出に浸れる場所なのだと理解しました。
少年院は、彼らを社会から隔離する場所ではなく、再び社会へ接続するためのトランジット(通過点)なのだと気づかされました。

グレープフルーツの種が時間をかけて実をつけたように、11ヶ月で蒔かれた小さな「立ち直りの種」を、社会という土壌がどう育てていくのか。
瀬戸少年院の門を出た後、わたしたちひとりひとりが、社会という「受け皿」の一部になる必要性を感じました。

今回のスタディツアーは、そんな重くも希望のある問いをわたしに突きつけています。

[参考]
工藤 啓さん
認定NPO法人代表 理事長

<第4回コモンズ社会起業家フォーラム登壇者スピーチ動画>

最新情報をチェックしよう!