「COMMONS MEETS 2025」インパクト投資の変貌

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渋澤:
皆さんこんにちは。本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。予報では今日は大雨になるかと思っていたのですが、天気が落ち着いてくれました。皆さんのポジティブエネルギーで、あの雨を吹き飛ばしてくれたのではないでしょうか。さて、この午後のセッションは、私たちの投資先との対話などを行いたいと思っております。かなりインパクトフルな内容になっておりますので、ぜひお楽しみください。今年、コモンズ投信は16年目を迎えましたが、16年前に伊井と一緒にコモンズ投信を立ち上げたときから、「私たちは30年投資を目指します」とお話ししてきました。とはいえ、2人とも当然30年後を予見できていたわけではまったくありません。ただ、この“30年目線”というのは、「世代を超える投資が大事だ」ということだと思っています。もちろん、自分の“今”も大切です。でも、それだけではなく、次の世代にまで続くような価値をつくれる会社に投資していこう、というのが私たちの考えです。この先30年、何が起こるかは誰にもわかりません。だからこそ、変化にしなやかに対応しながら、価値をつくっているような会社に投資する。そんな想いからスタートした運用会社です。ところが、30年どころか、3ヶ月前と比べても、世の中はかなり変わっていますよね。
伊井:
そうですね。本当に世界は今激動ですね。
渋澤:
私は、小学校2年生から大学を卒業するまでアメリカで過ごし、その後も外資系の金融機関で働いてきましたが、それでも、この1年ほどの間に経験した出来事は、これまでに体験したことのないようなものばかりでした。
そうした中にあっても、コモンズ投信が投資している会社は、しっかりとこの新しい時代に適応しようとしている企業であり、私たちもそうした企業に期待を寄せています。時代が大きく変化している今、私が大切だと感じていることがあります。それは、企業が財務的な価値を生み出していることはもちろん重要ですが、それだけではなく、その時々の世の中の課題に対して、企業として自分たちのリソースをどう活かし、課題解決に取り組んでいるかという姿勢も、非常に重要だと思っているということです。なぜそう思うのかというと、単に「良いことをしている」ということだけでなく、まさに新しい時代に適応するための価値創造――バリュークリエーションのヒントが、こうした課題解決の中に隠れていると感じているからです。課題を解決するということは、そこに価値が存在しているということだと私は考えています。ちなみに、私はコモンズ投信を立ち上げる前の2001年に、自分の会社であるシブサワ&カンパニーを設立しましたが、その半年前に9.11の同時多発テロが起きました。その出来事をきっかけに、運用と社会、そして世の中の平和をどう両立させ、それをいかに持続可能なものにしていくかということに取り組むようになりました。この考え方は、さまざまな形で表現されてきましたが、まさに伊井とともに立ち上げたコモンズ投信が今、取り組んでいる「インパクト投資」に通じるものだと感じています。

渋澤:
数年前、私は危機感を抱いていました。というのも、コモンズ投信を立ち上げた16年前には、長期投資や積立投資、投資先企業との対話などを行うことで、運用業界のエッジに立てていたと思います。しかし、いつの間にかそれらは業界の中心的な取り組みとなり、誰もが普通にやるようになりました。ただ、その一方で、私たちの規模はまだそれほど大きくなく、自分たちの立ち位置があまり良い場所にないと感じていて、少し危機感を持っていた時期でした。

そんなときに、伊井から「上場企業向けのインパクト投資をやりたい」という話がありました。正直、最初は「それは難しいのではないか」と思いました。

ここで、インパクト投資の原点について少し説明したいと思います。
投影資料にもある「インパクトインベスティング」という言葉は、2008年にロックフェラー財団が初めて使ったものです。


渋澤:
この言葉の定義は、「社会や環境の課題を解決すること」を、最初から「意図」として組み込んでいるところにあります。一時的な支援だけでは、その支援が終わった時点で事業も終わってしまいます。でも、きちんと利益を上げる仕組みをつくれば、継続的に取り組みを続けることができます。そういう意味で、利益を上げることが「持続可能性」につながります。これが、インパクトインベスティングという考え方です。ここで大事になるのが、「意図」というキーワードです。その「意図」をしっかり形にするためには、何にどう取り組んでいるかを可視化し、インパクトモデルをきちんと立てていく必要があります。スタートアップの場合、私や伊井もそうでしたが、もともと社会にある課題に応えたいという思いで会社を立ち上げているので、「意図」を強く意識していることが多いと思います。ですが、大企業(上場企業)の場合はどうなのか。経営者はもちろん、そこで働く社員一人ひとりが、「自分たちの会社は社会課題の解決のために存在している」と本気で言えるのかどうか。そこには疑問がありました。そういった考えから、私は正直、難しいのではないかと伊井に話しました。とはいえ、最終的には伊井さんとチームの皆さんのおかげで、上場企業向けのインパクト投資を立ち上げることができました。そして今、コモンズ投信は、またエッジに立てているのではないかと思っています。
ところで、伊井さんが初めてインパクト投資を立ち上げたいと思ったきっかけやその時の気持ちはどうだったのですか?
伊井:
元々コモンズ投信は渋澤と一緒に、「30年という長い視点で投資をしていこう」という考えのもとにスタートしました。寄付の取り組みにも、ずっと力を入れてきました。
昭和の時代、戦後の日本は、「新しい産業をつくる」「強い企業を育てる」という大きな目標に向かって、銀行を中心に金融機関と企業、そして霞ヶ関が一体となって動いていました。そうした中で、日本は「東洋の奇跡」といわれるような急成長を遂げていきました。
ただバブルの時代になると、そうした産業づくりや企業育成という方向とは少し違って、「値上がりしそうなものがあれば、どんどんそこにお金をつけていく」というような流れになってしまった印象があります。
これは金融だけの問題というよりも、日本全体がそんな状況だったのかなと思います。
一方で、今の社会を見てみると、どんどん多様化・複雑化してきていて、雇用を失って苦しんでいる人がいたり、格差が広がっていたりと、さまざまな問題が目に見えるようになってきています。経済的には世界全体の規模は大きくなってきたけれど、平和や安心といった面では、社会課題がむしろ大きくなっているように感じます。
そう考えると、いまの時代において金融が果たすべき役割というのは、かつてのように「新しい産業をつくる」「強い企業を育てる」ことに加えて、「社会的な価値を高める企業に、きちんとお金を流していく」なのではないか、と思いました。そうすることで、結果的に“いい社会”がつくられていくのではないかと。
もちろん、スタートアップのみなさんがそこをとても頑張っているということは本当に素晴らしいことですが、規模で見たときには、やはり上場企業のほうが影響が大きいです。
つまり大きなインパクトが出せるというわけですから、上場企業が変わっていけば、もっと社会課題解決のスピードも速くなり、影響のスケールもずっと大きくなるはずだと思ったんです。
ですから、長期投資と寄付というところから始めて、社会的な課題を解決するための投資をしていこう、ということでした。その流れの中で、ESGの考え方が世の中にも広まってきて、今は「インパクト」というようなところで、ようやく幹がしっかり通ったのかなと思っています。
この幹をさらに太くしていけば、まさに渋沢栄一がいった「論語と算盤」の考え方のように、経済的にも社会的にも価値を高められる社会をつくるうえで、金融が大きな役割を果たせるんじゃないかと感じました。
さらに、上場企業のなかでもパーパス経営、つまり、時価総額を上げることを一生懸命やる一方で、社会における存在意義を明確に定め、それを可視化し投資家に伝えていくという努力を始めたような企業、例えばソニーや日立・リクルートなど、日本を代表するような大企業がそのような方向に走り始めていたタイミングでもありました。
渋澤:
話に出た「論語と算盤」というのは、私のおじいさんのおじいさんにあたる渋沢栄一の考え方で、論語道徳と算盤経済が対立するものではなくて、どちらも大事にして両立させていこう、という意味です。
その道徳を考えると、それは「ただルールやコンプライアンスマニュアルに書いてあることを守りましょう」という話ではありません。もちろん、それは最低限やらなければならないことですが、それだけでは道徳とは言えません。
道徳というのは、どこにも書いてはいないが、「何が大切か」ということを自分で考えて行動することだと思います。少し難しく聞こえるかもしれませんが、例えば、目の前で人が転んでしまった時に、みなさんならどうしますか?
「ああ、転んじゃった、大変だ。助ける方法をマニュアルで確認しよう。」なんてことは普通しませんよね。
ほとんどの人は、「大丈夫ですか?」と手を差し伸べる。それが当たり前の行動ですよね。
でもその「当たり前」の中に、とても大切なことがあると思います。それは自分という主体性がそこにあるということです。
自分が何かしないといけないと思って動いているからこそ、その行動は意味があります。主体性のない道徳は、ありえないと私は思います。
そして同時に、自分だけのことを考えたのではなく、相手の立場に立って、相手の痛みを自分のことのように感じたからこそ動いたわけです。
ではそれを企業に置き換えた場合はどうでしょうか。世の中には様々な課題があり、企業としても「これは大変だから政府が何とかしてくれないと困る」と考えることもあるでしょう。確かにそれは一理あります。
でもそれだけでよいのでしょうか?
大事なのは、自分たち(企業)が持っているリソースをどのように使って、その社会課題を解決していくかということです。
そうしていくことで、その会社の新しい価値が生まれるかもしれません。ブランド力が上がることもあるでしょうし、パーパスや人的資本といったさまざまな面での価値も高まるはずです。結果として、それが企業価値の向上につながるのではないかと思っています。
少し資料をご覧いただくと、時系列が面白いなと思うところがあります。
先ほど2008年に「インパクトインベストメント」という言葉が使われ始めたという話をしました。
2001年に、9.11の事件をきっかけに、寄付と長期投資という両端はやり始めていました。この取り組みが、現在コモンズ投信で行っている寄付の仕組み「コモンズSEEDCap」に繋がっています。
そして、コモンズ投信を一緒に立ち上げたのがちょうど「インパクトインベストメント」という言葉が提唱され始めた2008年と同じタイミングでした。
伊井:
ESG投資はまた別の流れなんですか?
渋澤:
2005~2006年ごろに「ESG投資」という言葉が生まれ始めていて、2015年ごろに日本でも大きな流れになっていきました。これが、ESGのここ20年くらいの歴史です。
ところが、今アメリカでは政府の発信などによりESGという言葉が使いにくくなっています。
それはなぜかというと、ESGの始まりに原因があるのではと考えています。
ESGの最初の考え方は、企業には財務的なリスクがあり、それを可視化できている一方で、環境や人権問題などの非財務的なリスクもあって、それらも情報開示してください、というものでした。その情報開示を求めたのは投資家側です。つまり、企業がESGをやっているかどうかを判断するのは投資家でした。
そういう意味では、投資家側には主体性があったと思いますが、企業側がどうだったかというと、仕方がなく情報開示をするという感じが続いていました。
しかし現在何が起こっているかというと、目の前に政治リスクや訴訟リスクが目の前に迫っていて、企業はそれへの対応を優先しなければならなくなっています。その結果、ESGリスクは後回しにされてしまったのです。

伊井:
次にくるのが“ポストESG”ですか?

渋澤:
そうですね。私が初めて”ポストESG”という言葉を聞いたのは2019年のUNDSDGインパクトという会合で、インパクト投資の第一人者のロナルド・コーエンさんが使ったときでした。彼は、スタートアップだけではなく大企業も大きなインパクトがある、それを単に可視化するだけではなく、自分たちの「意図」をしっかり表現しなければならないということを提唱したのです。
では、ポストESG=インパクトと考えるときに、その違いは何か。ここで、ナラティブを変えることがすごく重要だと思っています。これはどちらかというと投資家目線の私の考えであって、ロナルド・コーエンさんもそこまでは考えていないかもしれませんが。
「社会課題解決と利益の両立を投資家が求めているから企業もやる」というスタンスでは、どうでしょうか。

伊井:
企業側に“意志”があるとは言いにくいですね。「投資家が買ってくれるからやる」というのは主体的ではないですよね。スタートアップであろうが、大企業であろうが、「こういう価値を自分たちでつくりたい」という意図を持ち、それを可視化して、それが財務的価値にもつながりますよ、というナラティブを自分たちで作り出す必要があると思います。
渋澤:
この考え方は、伊井が上場企業のインパクト投資に取り組んでくれたおかげで、私自身も考えるようになりました。
「PBR改革」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。それを企業の経営者やIR担当者など、資本市場に接点のある方々は意識しています。でもその大企業の営業部門の人たちに「PBRを高めなきゃ」と言っても、何を見ればいいか迷いますよね。ROIC(投下資本利益率)や資本に対する利益率は現場でもわかりやすい指標ですが、PBRをメジャメントする・可視化するツールがないのです。
そこで、「インパクトの可視化」が現場と経営陣の間で同じ目線を作り、会社全体の風通しを良くする可能性があるのではないかと期待しています。こうした新しいフロンティアは、かんぽ生命さまとのインパクト投資の取り組みのおかげで進んでいると感じています。
伊井:
インパクト投資とは、社会的リターンと経済的リターンを両方を追求するという投資方法です。
より具体的にいうと、きちんと企業として企業価値を高めるということが重要であり、そのためには経済的価値と社会的価値の双方をいかに可視化するかが鍵となります。また、本業を通じて「意図」を持ったビジネスを展開し、その内容を適切に開示するとともに、あらゆるステークホルダーと対話しながら社会課題の解決に取り組むことが求められています。
渋澤:
本日この後は、ユカリアの三沢社長に基調講演と鼎談をお願いしております。ユカリアはインパクト投資のコミュニティの中でも、こうした取り組みを最も体現している企業の一つと私たちは考えております。ぜひ皆さまにもお話をお聞きいただければと思います。

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